寺子屋ふぁみりあ

2011.03.31

ひきこもりからの脱出(2)

明るい努力をしましょうよ

続いて、和田重良さんによるお話がありました。和田さんは、神奈川県の山の上にあるくだかけ生活舎を主宰、自然の中での共同生活を通して、青少年や家庭生活にさまざまなメッセージを送り続けています。

くだかけ生活舎には、不登校、ひきこもりなど、こころにさまざまな葛藤を抱えた子どもたちもやってきます。ひきこもり状態の青年のエピソードを紹介しながら、和田さんは「『ひきこもり』は、決してマイナスではない」と言い切りました。

「ひきこもり状態の人たちは、自分自身を誰よりも深く見つめ続けている人です。社会順応という点ではマイナスかもしれないけれど、自己確立という道筋から見れば、決してマイナスではないでしょう。むしろ、現代のように欲望を追及することが礼賛されるような世の中では、ブレーキとして、ストッパーとしての役割を担っているのではないでしょうか」

和田さんはそう語り、会場の当事者や家族を勇気付けました。
また、会場にいる大勢の当事者家族に対し、「子どもの苛立ちを、理屈で返そうとしてもダメ」と、語りかけました。

「頭で考える『知』ではなく、こころを尊重する『情』の世界に目を向けるべきでしょう。親がピリピリせず、気を楽にしてホッとすること。そして、まるごと子どもを受け入れること。安心感に満ちた世界を子どもに見せてあげましょう。明るい努力をしましょうよ」

和田さんの言葉に、会場中もこころなしかホッとした空気に包まれたような気がしました。

「ひきこもり」経験者の声

休憩をはさみ、実際に不登校やひきこもり状態を経験した3人の若者による体験談と、トークセッションが行われました。
「きっかけは友人関係です」「仕事先でうまくいかなくて......」当然ながら、きっかけや経過は三人三様です。3人は、しっかりとした言葉で自身の経験を語ってくれました。

コーディネーターの、「ひきこもり状態の時、周囲にはどんな風に接してほしかったですか? 」との問いには、

「そっとしておいてほしかった」
「あまり積極的には触れて欲しくないけど、見守っていてくれると嬉しい」「(自分の親が)心配していてくれるということは伝わっていて、ありがたかった」

との答えが。

また、「ひきこもり状態の人は、怠けているのではないかという声が世間ではよく聞かれるけれど、そうした声に対してはどう思いますか」という質問に対しては、

「自分自身でも怠けている思い、自分を責めていたが、その時は辛い思いでいっぱいで、どうしても頭と身体がうまく働かなかった」
「犯罪予備軍のような言い方をする人もいるが、それはひどいと思う」
「ニートとひきこもりは別問題として対処すべきだと思う。ひきこもりは、『やりたいのにできない』という感じ。寝ても覚めても苦しくて、周りの人に『自分でも分ってるんです』と言いたいが、反論する意欲が湧かない、そんな感じでした」

と、心情を語りました。

居心地のよい社会になるために

ここ数年でようやく行政も重い腰を上げ、自治体単位での支援を開始しています。一体、どのような支援が、彼らにとっては嬉しいのでしょうか。

「同じ悩みを抱える人の居場所が、もっとたくさんあればいいなと思います」

「第三者の人に背中を押してもらえるような動きがあれば、とてもありがたい」

外からの支援に対してはこのように期待感を抱きつつも、

「社会では『即戦力』を期待されるので、そこが大きな壁だと感じます」

と、自身の状況と社会の期待に対しては、大きな溝を感じていることを明かしました。

来場者は、なかなか聞くことのできない経験者の生の声に、真剣に耳を傾けていました。
また、終了後のアンケートには、このような声が。
「(若者の)『贅沢はしないから生かしていて欲しい、居場所が欲しいと思っていた』との声がこころに響いた」
「子どもの立場で感じていたことを聞けて、本当によかった」

当事者や家族の話を聞けばきくほど、彼らはただ怠けているのだ、という世間の認識とは程遠く、双方が必死にひきこもりの状態から抜け出そう、よりよい状態になろうと努めていることがよくわかります。

戦争を越え、高度経済成長期へと復興に向かって必死に努力してきたわが国ですが、その過程で効率や利便のみを追求するあまり、その流れからはじかれた人たちを立ち止まって受け止めてみる余裕や優しさが失われていったのかもしれません。
原発の問題も続いています。便利な生活、豊かな生活の後ろにあるものを日本中が嫌というほど思い知らされた今だからこそ、生きづらさを抱えた若者の声に耳を傾けてみるべきなのでしょう。

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ひきこもりからの脱出(1) 肩の荷をおろす時
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