仏教者の活動紹介

孝道山

(ぴっぱら2017年3-4月号掲載)

 「子どもが好きなだけはしゃいでも怒られない。何と言っても、これが一番ありがたいです」と、帰り支度をしながらお母さんは笑顔を見せた。

 JR京浜東北線の東神奈川駅で下車して、県道を進むこと10分あまり。昭和11年に天台宗の僧侶、初代統理となる岡野正道師によって開かれたお寺が、ここ孝道山である。法華経の真理を基として、慈悲の心を広く社会に及ぼす「孝道」を実践しようという教えに、全国から多くの信徒が集っている。

 山門碑を目印に急勾配の参道を上がっていくと、鮮やかな朱色がひときわ目を引く八角屋根のお堂が見えてくる。本堂である本仏殿、そして伝教大師が中国より請来したという仏舎利(ぶっしゃり)を祀った仏舎利殿等を境内に擁した孝道山は、大型マンションや商業施設などが立ち並ぶ賑やかな地域にあって、参拝者に癒しの空間を供している。

 平日のこの日、境内の端にはズラリと自転車が停められていた。会館に一歩足を踏み入れれば、子どもの賑やかな声に包まれる。親子の居場所「ひだまり」が開始されたのは、今からちょうど10年前。今でも月に2回、朝10時半から昼の3時まで出入り自由ということで、乳幼児とその家族、特に、子育て真っ最中のお母さんたちが集まってきている。

 ◆人気の秘密は細やかな配慮

  開始当初、参加する親子はそれほど多くなかったが、口コミなどでその存在が知られると、年々、利用者が増え、今では親子あわせて1日のべ160~180人の利用があるという。スペースが手狭になったため、開始から4年目にして会場はさらに広い250畳敷きの広間に変更となった。コーヒーやほうじ茶といった飲み物もセルフサービスで提供されていて、会場の一角では持ち込んだ昼食などをとることもできる。

 広い会場で、子どもたちは寝転がったりハイハイしたりと、身体をいっぱい動かしてのびのびと過ごしている。隣室には、お昼寝できる布団敷きのスペースも用意されていて、月齢の低い赤ちゃんを持つ親にも安心だ。

 大広間は、この日も親子連れでにぎわっていた。カラーブロックにカラーボール、積み木など、色とりどりのおもちゃが床一面に広がっている。子どもたちの小さな背中には、色鮮やかなフエルトで手作りされた名札も付けられていて、若草色のじゅうたんの上で、まるでたくさんのお花が咲いているかのようだ。

 「お子さんは2~3歳児が多いです。大きくなってひだまりを卒業しても、下の子ができたのでまた来ました~と、今度はきょうだいを連れて来てくれるんですよ」と、世話役のリーダー、大江弘子さんが教えてくれる。最近では、自治体でも親子の居場所作りに力を注いでいるが、ひだまりほど参加者を集める居場所は珍しい。隣の区や、遠くは県外からも来る人がいるというから驚きだ。その人気の理由は、立派な会場というだけではない。大江さんら、スタッフにその秘密がある。 

 エプロン姿のスタッフは、参加者と談笑したり、子どもを遊ばせたりしながら、参加者に混ざって座っている。信徒の婦人会メンバーや地域のボランティア有志であるスタッフは、開催日には常時20名ほどが集まり、僧侶とともに運営にあたっている。

 「初めて来たお母さんには、ひとりでポツンとしないようにと、スタッフが側につくようにしています」と、大江さんが説明するように、スタッフのきめ細やかな対応が、至る所で参加者の安心につながっているのだ。

 例えばおもちゃの取り合いなど、子ども同士のもめごとが起きた場合にも、そのやりとりが子どもたちの成長につながると思えば、スタッフはすぐに制止せずそっと見守ることもあるという。お母さんたちの親世代にあたり、育児の大先輩であるスタッフを頼って、育児相談をしてくるお母さんも少なくない。

 また、たまにはゆっくり本を読んで息抜きしたいというお母さんの意をくんで、お母さんの代わりにスタッフが横で子どもを見守り、遊ばせてくれることもある。24時間、どうしても子どもにつきっきりにならざるを得ない状況に、煮詰まってしまう参加者も多い中、自分の時間を作ることに引け目を感じないで済むような温かなフォローは、得難いものに感じられることだろう。

 「お母さんが、ちょっとの間子どもと離れてほっとできる場を」、そして「子どもとの接し方に悩むというお母さんに、アドバイスができるような場を」という親子支援の目標の両方が、ひだまりの実施によってかなえられている。

 ◆孝道山の仏教子ども支援

  孝道山は、「いつくしみ・友情・おもいやり」という仏教の精神(マイトリー)を実践することを奨励してきた。次世代を担う子どもたちにもその教えを伝えたいと、ひだまり実施以前にも、日曜学校(こどもサンガ・中学生サンガ)やスカウト活動などに力を注いできた。

 そんな中で、ひだまりとあわせて近年、人気を集めているのが、イベント型の親子支援「すくすくらんど」と「わくわくらんど」だ。小さな子どもができて行動範囲の狭まってしまったお母さんたちに、お寺にもっと気軽に立ち寄ってもらえればと、月に一度ずつ開催している。「万国旗づくり」「マラカスづくり」などの工作や、音楽のリズム遊びなど、年齢にあわせて親子で楽しめるこれらの催事にも、毎回、定員を上回る申し込みがあるそうだ。

 これらの活動では、本堂に行ってお題目をお唱えしたり、お坊さんの法話を聴いたりと、仏教教育も行われている。こうしてお寺に親しんだお母さんの中には、お寺に来たら、はじめに必ず本堂をお参りするようになったという人もいるという。今や、若い世代にとってお寺の敷居は思いのほかに高いというが、催事を通じてお寺の雰囲気を知ることができれば、抵抗感なく仏さまの教えに耳を傾けることができるのではないだろうか。

 ◆「みんなのためのお寺」として

  子ども支援の事業を推進する、草野貞男青少年部長は、「『みんなのためのお寺』だと思ってもらえれば嬉しいですね。ひだまりにいらっしゃるように、気を楽にしてお寺にお参りに来ていただければ」と語る。

 孝道山に行って気がつくことは、僧侶や職員はもちろん、参拝する大勢の信徒が、境内ですれ違う度に誰にでも笑顔であいさつをしてくれることだ。翻って、ひだまりのスタッフとなっている信徒の皆さんも同様である。子ども支援、親子支援がしたいと願う人が自らの意思で、想いを持って奉仕しているのだ。「『してあげている』というのとは違います。私たちだって、やらせていただくことで癒されているんです。役に立てて嬉しいんです」と、スタッフは口々に語る。子どもをもつお母さんたちが「ついつい」ひだまりに通ってしまうのも、こうした想いを感じ取っているからに違いない。

 檀信徒との関係性に悩むお寺は、ことのほかに多い。しかし、仏さまの教えを伝えるお寺側の真摯な姿勢があってこそ、信徒とお寺の間に信頼感が結ばれるのではないだろうか。それが、さまざまな公益的活動につながっていくのだろう。

 ひだまりが10周年を迎える今年、6月にはスタッフを交えての同窓会が開かれるという。温かな関係性を紡いだ人たちが、上下の別なく、これからも末永くお寺で温かいご縁をつむぎ続けることだろう。

集える、憩える、「子どものお寺」 ―五位堂安養日曜学校― 故郷の子どもたちに未来を! ーパンニャメッタ子どもの家ー