仏教者の活動紹介

いのちのつながりを感じる ―黄檗宗 自敬寺―

(ぴっぱら2002年9月号掲載)

体験する学び

私たちは、戦争や飢餓、災害の犠牲になられた方々と家族のために、友好が世界の平和へとつながると信じて祈りをささげます。(自敬寺子ども会回向文より)

自敬寺子ども会がサイパン島の子どもたちと交流を始めて今年で10年ほどになる。毎年、日本とサイパン島の子どもたちが交替でそれぞれの国を訪問し、国や文化を超えて友好を深めている。
サイパン島は太平洋戦争の激戦地。日本兵をはじめ多くの人たちがこの島で命を落とした。自敬寺住職の服部隆志さんは、「南太平洋友好協会」が進めている青年交流会に、お寺の子ども会メンバーを参加させるようになった。「世界の人が子どものころから友達になっていれば、戦争は起こらなくなる」という服部さんの思いがあっての参加だった。

子どもたちは現地の家庭にホームステイしながら一週間ほどの時を過ごす。その間に、現地の子どもたちと一緒にキャンプをしたり海水浴へ行ったり、さまざまなレクリエーションを通じて友好を深める。そして、60年近く前に、多数の犠牲者を出したラストコマンドポストやバンザイクリーフなど歴史的な悲劇の場を訪れ、戦争の悲惨さを胸に刻む。帰国の前日には、おとなの慰霊団に加わり、戦没者の慰霊祭もとりおこなう。

一昨年留学生として参加した少女は、帰国後次のような感想文を寄せている。
「サイパンの観光地は海か太平洋戦争の跡地です。この戦争の跡地という場所は、何回行っても考えさせられます。(中略)交換留学というのはサイパンの異文化にふれあうだけでなく、さらに平和について考える事が今の私たちにとって大切だと感じた一週間でした」
服部さんは語る。「現地の方から直接戦争について聞く事が重要だと思っています。日本で私たちが話をすると、どうしてもお説教のような感じになってしまうますから、子どもたちもなかなか受け入れずらいですよね。戦争は何で起こるのかという事について、個人差がありますが、子どもたちはそれぞれに整理しながら受け入れているようです。」
初期に参加した子どもの一人は、現在、海外協力の仕事に従事しているという。

寺を子どもに開放する

服部さんは25歳のときに自敬寺子ども会を始めた。そのきっかけは、黄檗宗の本山である萬福寺で開催した花まつりに参加したことだ。「お寺を子どもたちに開放したい。自分のお寺で花まつりをやってみたい」という思いがつのり、ノウハウを学ぶために全青協の指導者研修会に毎年参加するようになった。その知識と技術をもとに、花まつりと地蔵盆の行事をお寺で始めた。

昭和61年からは子ども会を常設化し、子ども対象の書道教室とともに、月に1~2回のペースで開催してきた。町のあちらこちらにポスターを貼り、檀家の子どもだけではなく、地域の子ども全体を対象に子ども会を開催している。「お寺を地域の子どもたちに開放したい」という服部さんの思いは、年々さまざまな形をとって実現してきた。
その一つの結晶が、サイパン島との国際交流ということなのだろう。サイパンの子どもが日本にやってきたときは、必ず自敬寺に滞在する。日本の子どもたちと一緒に、坐禅や作務など寺ならではの体験をした後、流しそうめんやかき氷など日本の食文化を味わう。そして、大衆浴場へもみんなで出かけ、日本独自の大衆文化の中で子どもたち同士の友愛を深めている。
「人はいろんな経験の中から着実に学び、良きにつけ、悪しきにつけ育っていきます。子どもたちには良き体験をさせてあげたいものです。今は大人も子どもも含めて多くの日本人が、自国の文化を紹介する力を持っていません。広く世界に視野を広げると同時に、まず自らを省みることが大事だと思います。それが真の国際人への第一歩でしょう」
自分自身を理解できない者に他人を理解することはできない――禅者ならではの言葉といえよう。

「つながり=縁起」を伝える

自敬寺子ども会の活動は多岐にわたっている。
阪神淡路大震災が起こった際には、避難所になった学校を回って移動子ども会を開いた。仮設住宅ができてからは、お寺に集まる子どもたちを連れ出し、子ども会や花まつりを行った。人形劇や紙芝居などさまざまなアトラクション、綿菓子やポップコーンなどの出店も揃え、地域の夏祭りのような空間を作っていった。
子どもたちも自作自演の人形劇を披露したそうだ。人形はすべて手作りで、何度も何度も練習を重ね、被災した子どもたちの前で上演した。
「困難な状況で支え合う人の姿を見て、"与えるとき人は豊かになり惜しむとき命は貧しくなる"というお釈迦さまの教えをみんなが実感できたと思います」と服部さんは語る。
服部さんが子どもたちに伝えたいことは、仏教の基本である「縁起」「つながり」だという。今日、私たちの日常の食卓に並ぶ食材のほとんどが外国から輸入されたもの。目には見えない人や物とのかかわりがあって、はじめて私たちは生きることができるのだということを、子どもたちに伝えていきたいという。
その思いは地域でのリサイクル活動にも反映されている。子どもたちが毎月発行してきた「子ども会ニュース」の中で、ある子どもがこんなことを言っている。
「ゴミ置き場の前を通るとたくさんのゴミ袋を目にします。紙をポイッ、バナナやミカンの皮をポイッ、小さくなった消しゴムもポイッ、使えるものもまだ食べられるものもポイッ、ポイッ、ポイッ。

私たちは毎日簡単にゴミを作っていきます。何気なく捨てているものが、きちんと最後まで無駄なく使われていたなら......。死なないですむ人々が世界中にはたくさんいることを知っていますか?」
世界中で多くの子どもが餓死をしている事実を日本の子どもたちは知っている。しかし、実際に自分自身の身体を使って学ばなければ、それはただの知識で終わってしまう。自敬寺子ども会は、さまざまな現場の中で子どもたちが自ら体験し体感することに重点をおいた智慧を育む場といえるだろう。(神)

(ぴっぱら2002年9月号掲載)
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