仏教者の活動紹介

お寺をコミュニティの生まれる場に ー見樹院・寿光院ー

(ぴっぱら2021年1-2月号掲載)

東京・文京区。かつて、江戸時代には多くの武家屋敷が建ち並んでいたというこの地は、近代には東京大学をはじめとする教育機関に転用され、都内でも有数の文教地区として知られている。家康公の生母らが眠る徳川家の菩提所で、かつては僧が集う学問所でもあった浄土宗通院も当地にあり、都心とは思えないような静かな佇まいを残している。
 傳通院周辺には寺院が多く、浄土宗見樹院もその一つ。見樹院は、そのひときわ趣を異にした建築で道行く人びとの目を引いていた。
 外壁には褐色の焼杉が張りめぐらされ、鈍い銀色のガルバリウムという外壁材と組み合わされている。伝統的な寺社建築ではないお寺が増えているなかでも、とりわけモダンで、どこか近未来的な雰囲気も漂っている。お寺の入り口と反対側のエントランスの壁には、たくさんの郵便受けが並ぶ。お寺の建物の一部が、共同住宅となっているのだ。

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 お寺の敷地に共同住宅が建つことは珍しくないが、に併設されているところは極めて少ない。「建物の寿命は300年。木材は国産の材を使い、化学物質はできる限り排除した建物です」と説明するのは、住職の大河内秀人さんである。
 大河内さんは、30年以上前からお寺が所有する建物を開放して、NGOや地域で活動する市民団体などに活動拠点を提供してきた。また大河内さん自身も、子ども支援や環境問題などに取り組む活動家としての顔を持つ。
 社会活動の主な拠点としてきたのは、見樹院とともに大河内さんが住職を務める東京・江戸川区の浄土宗寿光院だが、ここ見樹院も、10年ほど前の建て替えを機に、新たなつながりづくりの「場」として生まれ変わった。本堂や客殿、庫裏などの寺院の施設と、14戸の住宅や事務所が一体となったこの建物は、関わるすべての人の平和な暮らしと健康を願う大河内さんの哲学が随所に盛り込まれている。

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◆本当の資産とは何か
 「環境やエネルギーといった問題を考える上で、一人ひとりの暮らしと健康に直結する住宅に着目していくことは、自然な流れでした」と、大河内さん。昨今では、シックハウス症候群など、住宅建材等から発生する化学物質による健康被害も問題になっている。合板を用いないこと、壁紙を貼るのにもデンプン由来の接着剤を使うなど、化学物質を徹底的に排除し、さらに高断熱による高いエコ性能を目指した見樹院の集合住宅は、若い子育て世代を中心に高い関心を呼んだという。
 また、この共同住宅は分譲で、100年の定期借地権付きとしている。さらに、入居者らが建築設計から管理にいたるまで主体的に関わっていく「コーポラティブ方式」をもって運営されている。
 現在の、日本の一般的な住宅の寿命は短く、資産としてもその価値は時間とともに失われてゆく。経済成長のためにも短いスパンで建て替えることが求められ、それが当然のこととして受け入れられてきた。しかし、それは環境を破壊し、無駄な消費を促し、負担を増大し、安心した生活とはかけ離れた貧しさを私たちにもたらすことになったのではないかと、大河内さんは説明する。
 土地を投機の対象として考えるなど、お金で換算する価値観にこだわることよりも、住民同士が関係性を維持することによって生活の質を上げ、安心できるコミュニティを得ることの方が、より豊かな暮らしといえるのではないか──。そうした「本当の資産」を大切にしたいという大河内さんの想いのもと、見樹院には今日も人びとの穏やかな時間が流れている。
 
◆お寺を公共の「場」に
 人と関わり合い、相談し合いながら生活を積み上げていくことは、手間のかかることでもある。しかし、一人ではできないことを実現することもできるし、何より、仲間がいてくれる安心感は得がたいものだ。人と人とのつながりが急速に失われつつある今、孤立しないことは、あらゆる社会のリスクに対する防波堤ともなるだろう。
 大河内さんが住職となっているもう一つのお寺、寿光院で行われているのは、住宅だけではないが、志をもって活動する市民団体同士の「共生」だった。
 寿光院のある江戸川区は、東京23区の東端にある。区内を大きな河川が縦断していることから公園や緑地が多く、若いファミリー層にも人気の高い街である。
 寿光院を、公共の「場」としてぜひ地域に開きたいと考えた大河内さんだったが、人が集まりやすい立地とは言えなかった。そこで、不動産業を営む檀信徒の協力を得て、寺の所有する宅地を等価交換でビルの一室に替え、市民活動の「場」を創り上げたそうだ。今から35年ほど前のことだ。
 45坪のフロアに事務所と会議室などを備えたこの「小松川市民ファーム」は、地域の環境団体や子ども支援団体、人権団体、NPOバンクなど、大小10以上のグループが共同事務所として利用し、その活動を支えている。
 それぞれの団体が特色ある活動を行っているのだが、ここでは大河内さん自身も役員を務めるNPO法人「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ」の活動を紹介する。
 2009年、民主党政権時には家庭の太陽光発電で生じた電力を電力会社が買い取る制度が実施され、以後、各地で太陽光発電パネルの設置が広く進むようになった。しかし、同団体ではそれに先駆けて1999年、寿光院の屋根に太陽光発電パネルを設置したのだ。
 この「市民立江戸川第1発電所」から生み出された電気がコミュニティの資産となると同時に、自然エネルギーを身近なものとして考え、地域で節電意識を高めるきっかけともなっているそうだ。
 こうした活動は、同じく小松川市民ファームを事務所とする団体にも影響を与えている。今年には、エネルギーの自給自足を学ぶ「中高生のためのSDGsワークショップ」が、子ども支援団体との協働で行われた。市民団体は同じ屋根の下で、学び合い、助け合いながら地域住民のために活動し続けている。

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◆市民が主役となる社会を
 大河内さんは、大学を卒業して仏門に入った1980年頃、ちょうどインドシナ難民が大量に流出した時期であったことから、国際協力活動やNPO活動に関心を深め、参加するようになったという。ボランティアとして途上国での災害支援や、農村・スラムの貧困問題に関わるうちに、経済格差が搾取の構造を生み、そうした国々で人びとに多くの苦しみをもたらしていることを目の当たりにする。
 搾取されている人びとが、どうしたら彼ら自身が主導する社会システムを作ることができるかと考えるうちに、自分の住む日本のまちのことも含めて、市民が主役となるコミュニティの大切さを痛感したのだと、大河内さんは語る。
 「今は、あらゆる面で経済が中心となっている世の中。倫理、協力、思いやりといったことよりも、他人に打ち勝つことや権力がものをいう社会になってしまった。これは、人間として危うい状態になっていると言わざるを得ません」と、大河内さん。
 格差が生じ、上下関係が生じた世の中では、物事を公平に見つめて社会のゆがみを正す力が働きづらい。市民が決定権を持てる社会にならないと、幸せな社会のあり方からは遠ざかってしまうのではないかと、大河内さんは説明する。
 ひるがえって考えると、孤独化が進めば、社会を都合の良いように操りたいと考える者を喜ばせることになってしまう。市民が結びついてこその社会である。私たちはより生きやすい社会にするため、つながり合い、コミュニティを取り戻さなくてはならない。「仏教のあり方は市民そのもので、そうして起こすアクションは道に等しい」という大河内さんの言葉をかみしめながら、今すぐ、行動する人の輪に加わりたいと願うのだ。

人と社会に寄り添う仏教を  -仏教情報センター- 子どもに温かいまなざしを ー岩槻大師 彌勒密寺ー