仏教者の活動紹介

いのちをつなぐ〝コーヒーサロン〟 -曹洞宗月宗寺-

(ぴっぱら2016年7-8月号掲載)

秋田県と青森県との県境には、標高1000Mを超える山々が連なっている。屋久島と並んで、日本で初めてユネスコの世界自然遺産に登録された白神山地だ。手付かずの広大なブナの原生林が広がるこの地域は、トレッキングやレジャーで訪れる観光客を集めるほか、アニメ「もののけ姫」の舞台のモデルとなったことでも知られている。
 そのに位置するのが、白神山地の秋田県側の玄関口である秋田県藤里町である。豊かな自然と景観に恵まれたこの地だが、基幹産業だった林業が衰退した後には、高齢化と若年層人口の流出が深刻で、町の人口は現在、3500人余り。過疎化の進む秋田県内でも有数の「過疎の街」である。
 人口の減少に加えて、この町を悩ますもう一つの大きな問題は、自死(自殺)率の高さである。全国ワーストを争う秋田県の中でも藤里町の自死率は高く、静かなこの町に一層の閉塞感をもたらしていた。
 「自死の話題は、この町では長らくタブーとされてきました。亡くなった人の家族、友人、知人と、誰もが〝関係者〟だったからです」
 そう語るのは、藤里町にある曹洞宗の住職、俊英さんだ。袴田さんは、地域で深刻な問題となっていた自死を何とか減らしたいと、地元の有志とともに任意団体「心といのちを考える会」を設立させて啓発活動を行うほか、毎週1回、誰もが自由に立ち寄れて語らうことのできる、自死と孤立防止のためのコーヒーサロンなどを開催している。
 「住職をしていますが、外出が多くてお寺を空けることばかりです」と、袴田さんは笑う。それもそのはず、袴田さんは同会の会長を務めるほか、自死予防の県民運動の実行委員会長を務めたり、地元の小・中学校で自死予防のための「いのちの授業」を行ったりと、各地を縦横無尽に走り回っているのだ。

● コーヒーサロン「よってたもれ」
 日本では、長らく自死の問題は「個人の問題」とされてきた。しかし近年では、社会の構造的課題が深く関係していると言われている。秋田県内でも、自死者が多い事態を憂慮する県民や自治体の関係者を中心に、対策への機運が徐々に高まっていった。今から20年ほど前のことである。
 自死問題に対して自治体が直接アクションを起こすのはまだ珍しかったが、県ではこの問題に対して一般県民にもっとよく知ってもらおうと、「命の尊さを考えるシンポジウム」を開催した。2000年のことだった。
 袴田さんも、藤里町の有志とともにこのシンポジウムに参加していた。帰りのバスの中で、早速、熱い議論が始まる。自死予防のためには、まずこうした問題が身近に存在することを多くの人に知ってもらうべきだ。そして、タブーを破り、差別や好奇の目をなくしていきたい――。バスの中で、心といのちを考える会の結成が決まった瞬間だった。
 そうして、地域での学習会などを重ねていく中で、もっと具体的にできる活動はないかという声が高まっていった。そこで始められたのが、前述のコーヒーサロン「よってたもれ」である。「その名のとおり、『どうぞお立ち寄り下さい』という気持ちで活動しています。ルールは一つ。とにかく相手の話を聴いて、会話をすること。美味しいコーヒーが会話の潤滑油になっています」と、袴田さん。
 よってたもれは毎週火曜日の午後、町の施設を借りて行われている。利用者は年間300人ほどで、地元の人を中心にさまざまな顔ぶれが集まってくる。スタッフのユニフォームはおそろいの黄色いエプロン。大柄な袴田さんは少し屈むようにコーヒーをサーブしながら、おしゃべりの輪に加わった。そこには、支援する側、される側という区別はない。ただ、談笑し合う小さなコミュニティが生まれているだけだ。
 
● つながりの再生を目指して
 よってたもれが始められたのは、心といのちを考える会が発足して3年後のことだった。なんとその翌年には、町の自死者はゼロとなる。袴田さんをはじめ、関係者の喜びはひとしおであったことだろう。しかし、数年後には町から再び5人もの自死者が出てしまう。
 その顔ぶれはというと、5人はすべて男性だった。そういえば、男性たちはよってたもれにあまり顔を出してはくれない――。東日本大震災発生後のボランティアによる茶話会でも、まったく同じ現象が起こっていたことは記憶に新しい。
 男性の中には、とりとめないおしゃべりを楽しんだり、そうした集いに参加すること自体を苦手とする人も少なくない。
 そこで袴田さんたちは、お酒を持ち寄って夜に行う、男性をメインにした〝赤ちょうちん〟よってたもれを行うこととした。寡黙で控えめなこの地域の男性たちも、大好きなお酒が入れば警戒心も解けて、その舌がなめらかになる。
 「俺はこんな場所に出稼ぎに行っていた」「山の奥ではこんな仕事をしていた」など、本人からすれば単なる自己紹介であっても、他の人には新鮮な話題となり、話が弾んだ。〝赤ちょうちん〟の最後には、決まって「町を今後はこうしていこう」という抱負に満ちた話題にまとまっていくという。
 人が自死にいたる原因はさまざまだが、最も大きな要素は「孤立」だと、袴田さんは言う。孤立を解消するには、会話を生み出すことや、小さなつながりを再生することが大切だ。そうした関わりが、生きるための原動力となる。
 町の人たちは自ら立ち上がり、バラバラになっていた関係性をつなぎ直して、再び支えあうための素地を作り上げた。〝赤ちょうちん〟を実施した翌年には、町の自死者は再びゼロとなった。
 袴田さんらの行ったこうしたサロン活動は、その後、県内各地の市町村や同じ問題に悩む他県にも波及し始めている。また、藤里町内でもう一つの課題となっていた「ひきこもり」状態の青年や、失業などをきっかけに家に閉じこもり気味となっていた中高年への支援にも応用され、一定の効果をあげているそうだ。

● 葛藤が人を成長させる
 袴田さんは、「豊かになった世の中だからこそ、孤立が一層際立つようになった」と考えている。地域でも、農業の機械化や冠婚葬祭儀礼の簡略化で協力し合う機会が減った上に、給与生活を選択する人が増え、快適で高収入な生活を多くの人が享受できるようになった。
 お金さえあれば、これまで自分たちで担わなければならなかった老人の介護や病人の看病、子育てまでも公共サービスや専門業者にゆだねることができる。時間を切り売りして経済中心の暮らしを営んでいれば、〝煩わしい〟ことをしなくても、暮らしていけるようになったのだ。
 「隣で悩んでいる人、悲しんでいる人がいても面倒なことには関わりたくないと、多くの人が考えるようになりました。でも、誰もが支え、支えられる関係でなければ、本来人は生きていくことができないのです。だからこそ、再び人とつながるには、損得抜きで泥臭く汗をかきながら、自分の時間を提供することしかないのではないかと考えました。経済を優先して考えれば、そんな時間は無駄なのかもしれない。でも、人間らしい関係性をつなぐには、それを受け入れるほかないのです」
 価値観の違う他者と付き合うことは煩わしさを伴う。しかし、そんな葛藤こそが人間を成長させる糧になると、袴田さんは考えている。
 経済的にも精神的にも、自分だけの快適さを求めるという価値観から抜け出して、周囲を改めて見渡してみるべき時が来ているのかもしれない。まわりの人を笑顔にするために、そして自分自身が成長するために――。私たち一人ひとりにできることは、まだまだたくさんありそうだ。(吉)

子どものいるところ、住職あり!  ー寳樹寺ー 集える、憩える、「子どものお寺」