仏教者の活動紹介

地域の仲間とともに50年 ―岩国演劇研究会『劇団のんた』―

(ぴっぱら2010年7-8月号掲載)

第43回正力賞受賞者の活動

山口県岩国市は、お隣の広島県に隣接し、県内でも東部に位置する、自然豊かで落ち着いた佇まいの城下町だ。この地に古くからある錦帯橋は日本三名橋の一つとうたわれ、台風などにより幾度か流失したものの、最近では6年前に平成の架け替えが行われ、現在もなお優美な姿を誇っている。

岩国演劇研究会『劇団のんた』は、その錦帯橋からほど近くにある、浄土真宗本願寺派の教蓮寺前住職、藤谷光信さんが立ち上げた。

藤谷さんが地元で参加者を募り、『のんた』の前身である岩国演劇研究会を始めたのは、今からちょうど50年前。以来、教蓮寺の本堂を稽古場として、何十年にもわたり、ここから数々の公演が生み出されていった。

「本堂の外陣()が、ちょうど本番で使う舞台と同じくらいの大きさでしょう。だから練習するにはもってこいなんです。昔は夜11時くらいまでみんなで集まって稽古をしたり、大道具を造ったり......ここでも夜食を食べたりしてね」と藤谷さんは笑う。

学生時代から演劇活動をしてきた藤谷さんは、京都の龍谷大学を卒業後、地元の岩国でも演劇文化を根付かせたいと、劇団の旗揚げを決意する。参加者を募集するためチラシを作り、若い人の多く集まる公民館や工場前などで配布、自らメンバーを募った。

その甲斐あって、まもなく会社員や公務員、主婦など、アマチュアの人たち7人が集まった。こうして昭和35年、同研究会がスタートする。

●劇団の十八番『出家とその弟子』

同年の初演を皮切りに、『のんた』は50年間、毎年欠かさず公演を行ってきた。地元の市民文化祭をはじめ、小・中学校、高校への巡回公演、また、刑務所での慰問公演など、これまでの公演数は優に250回を超えている。演目は、『うりこひめとあまんじゃく』といった昔ばなしから、『オイディプス王』などのギリシャ神話までと幅広いが、なんと言っても劇団の十八番は、倉田百三作『出家とその弟子』だという。

「迷い多く、心弱き悪人は救われる」と、すべての人が苦界から脱する道を説く親鸞聖人のみ教えを描いたこの作品は、上演のたびに大きな反響を得ているという。評判を聞きつけた各地のお寺でも出前公演を行ったほか、海外の日系人にも紹介しようと、ハワイやブラジル・サンパウロでの病院復興慈善公演を行うなど、公演の輪は広がっている。

そして何より、劇を通じて聖人の教えに触れ、安らかな気持ちになることができたという団員も多く、演じ手にとっても大切な一作となっているようだ。「この作品を、教蓮寺で『年越し公演』として大晦日の夜に公演したことはよい思い出です。ちょうどお芝居の中で、お寺の鐘が鳴る、という場面で、タイミングをうまくあわせ、本物の除夜の鐘が聞こえるようにしたり......。その後お客さんにぜんざいをふるまったりして、本当に楽しかった。あんなこと、今思えばよくやりましたよ」当時を思い出して、『のんた』事務局長であり、岩国市議会議員を務めている田村順玄さんは語ってくれた。

田村さんは、劇団が旗揚げした数年後に入団。最初は公演に役者として参加していたものの、次第に製作側としても活躍するようになった。そして、現在にいたるまで、仕事の合間を縫っては会場手配、連絡、広報など、事務局長としてあらゆる劇団の業務を切り盛りしてきた。田村さんは、代表である藤谷さんの心強い「女房役」なのだ。

「運営費については、学校の委託公演の謝礼金などをこつこつ貯めてやりくりしています。たとえば照明などは、大きな費用がかかるものですが、古いものを譲り受けたり、知り合いで詳しい人にお願いしたり。お金をかけないように工夫してきました」と田村さんは語る。

ポスターやパンフレット、そして衣装、音響効果......と、公演を行うには手間もお金もかかる。それに対しては、できるものは自分たちでと、協力し合い、アイディアを出し合いながら乗りきってきたそうだ。

ちなみに、田村さんと、長年連れ添った奥さんは、『のんた』のメンバー同士であったことも付け加えておこう。

●子どものための演劇学校

『のんた』では、新たな試みとして、小・中学生を対象とした演劇教育をすすめたことがある。「演劇学校ゆりかご」は、小さな子にも演劇の楽しさを経験させたいとの思いから、昭和63年に設置された。

毎月2回、教蓮寺にて、『のんた』の団員をはじめ関係者に講師を依頼し、柔軟体操に発声練習、パントマイム、日舞など、毎回バラエティに富んだカリキュラムで子どもたちに演劇の基礎を教えたそうだ。

「毎回、受け入れの準備が大変でした」と田村さんは苦笑するが、その成果は着実にあがっていたようで、子どもたちが「ものおじしなくなった」「よく発言するようになった」など、父兄への評判は上々だったという。

残念ながら現在「ゆりかご」の活動は休止中だが、これがきっかけで自ら別の劇団を旗揚げした父兄もいたといい、「演劇文化をもっと身近に」という藤谷さんの願いは、こんなところでも身を結んでいるようだ。

●演劇を愛する仲間として

『のんた』には現在、小・中学生の団員も在籍し、大人に交じって俳優として立派に活躍している。

小学生の時から「友だちに誘われて」参加しているという、中学2年生の野川斐奈()さんは、「自分なりに役を考えて、演じて......お客さんにそれが伝わることに大きな充実感を覚えます」と、目を輝かせて演劇の魅力を語ってくれた。

また、同じく中学2年生の徳永倫丈さんは、「演技をするのは楽しいし、劇団のみなさんも優しい人ばかり。今、学校の友達にも一緒にやろうよと誘ってます」と、笑顔で答えてくれた。

現在の団員数は20人あまり。稽古は毎週水曜日の夜に行われる。参議院議員でもある藤谷さんが岩国を離れることも多いため、最近では公民館や、藤谷さんが園長を務める幼稚園でも稽古をしているという。結成当時と同じように、団員の年齢、職業などは実にさまざまだ。

「皆さんにとてもよくしていただいて。お芝居も丁寧に教えていただいています」と語る坂津香さんは、昨年入団したばかり。昼間は、岩国特産のレンコンを生産しているという。

親子ほど、あるいはそれ以上歳の離れた団員同士が、和気あいあいと過ごしている姿は、とても新鮮に感じられた。ここでは年齢も職業もさほど関係がない。あくまでも演劇を愛する「仲間」同士なのだ。

●こつこつと、力をあわせて

「『のんた』は、この地域の方言で『ねえ、あんた』という意味なんですよ。いい名前でしょう」と語る藤谷さん。お芝居を通じて『のんた』と親しみをこめて呼びかけ続けて、一層、多くのお客さんたちに愛されることとなったのだろう。

「僧侶はいわば専門職なので、ついお寺の中にこもりがちになります。しかし、社会性や庶民性を大切にして、軸足はお寺に置きつつ、片足は外に自由に出す、といった心積もりで活動していくのがよいのではないでしょうか。いいときもそうでないときも、こつこつと。みんなで力を合わせてやっていくことです」との言葉には、僧侶としての本分を大切にしつつ、お寺を人の集まる「場」として生かしてきた藤谷さんならではの哲学が感じられた。

これからも若い人を育てたい。そして、その人たちを中心に、時代とともに柔軟に形を変えながら、劇団を永続していってほしい。藤谷さんの願いは、きっと叶えられることだろう。「50年目」の団員たちの明るい笑顔が、何よりもそれを証明しているようだ。

「おにぎりを渡し、絆をむすぶ」 ―社会慈業委員会「ひとさじの会」― 出会い・ふれあい・学びあい