仏教者の活動紹介

「幼児と高齢者がふれあう場作り」 ―デイサービスセンター井出―

(ぴっぱら2010年1-2月号掲載)

デイサービスセンターの立ち上げ

静岡県沼津市は、太平洋に広がる駿河湾に面し、千本松原の彼方に富士山を望む気候温暖で風光明媚な土地である。駿河湾からあがる新鮮で豊富な魚、豊かな土壌に育まれるお茶やミカンなど、人びとの五感を満たす素材に事欠かない。
曹洞宗大泉寺はここ沼津の西境に位置する井出にある。源氏ゆかりの寺で、源義経の実兄である阿野全成(あのぜんじょう)を開基とするおよそ800年の歴史を持つ寺だ。
この寺で高齢者を対象としたデイサービスを始めたのは、今から7年ほど前のこと。そのきっかけは、昭和25年から運営してきた大泉保育園に通う園児の親たちの間から、「お年寄りたちが集うことのできる場を作ってくないか」との声が上がったことだった。
大泉寺では昭和52年に社会福祉法人「士詠会」を設立し保育園の運営にあたってきた。園児の数は最も多い時で180名ほどだったが、現在は乳幼児を含めて70名ほどに落ち着いている。
平成12年には、アスベスト問題や耐震対策のために新たな園舎を建設することになった。これを機に、園舎に隣接したデイサービスセンターを開設しようという話が持ち上がる。
中心となったのは、小島捷亮(しょうりょう)住職の姉で保育園の園長を務める小島公子(さとこ)さんだ。井出は農村地区でありながらも、若い人たちが親と離れてアパートに住むようになり、核家族化がどんどんと進んでいた。そのような環境の中で、公子さんは新たなコミュニティー作りの必要性を感じていた。
姉からセンター設立の話を聞いた小島住職は、二つ返事でその計画に同意をする。平成13年には、公子さんと共に「デイサービスセンター井出」を設立し、運営を積極的にサポートし始める。

世代を超えた和やかな交流

新築された建物の構造は、玄関を挟んで右手が保育園、左手がデイサービスセンターになっている。お年寄りたちが過ごす部屋からは、庭で遊ぶ子どもたちの姿を間近に見ることができる。
「お年寄りは子どもの姿を見ると心が和むんでしょうね。ふれ合う中で昔のことを思い出しているようです。はじめは子どもが嫌いだと言っていたお年寄りも、子どもを見るとにっこりと笑っています」
現在、センターの所長も兼ねる公子さんはそのように語る。
子どもたちは、はじめはとまどうこともあるそうだが、すぐに打ち解け自然にふれ合うようになるという。現在、6~7名のお年寄りが毎日センターに通っており、世代を超えた和やかな交流の場が作り出されている。
子どもたちにとっても、幼い頃からお年寄りとふれ合うことによって、いのちのつながりや大切さを学ぶことができるという。ここでは、子どもたちへの情操教育が自然な形で行われているのだ。
また、保育園との併設で食事に関しても利点があるようだ。それは、デイサービスで出されるお年寄り向けの食事は、園児向けに作られたものと献立も量もほぼ一緒。園児向けに作られる食事は、柔らかく味も薄くしてある。それがお年寄りにもちょうど良い。お年寄りと子どもが同じ食事をとれるので経済的なのだそうだ。
このような異世代間交流の他にも、公子さんには運営するにあたって大切にしている理念があるようだ。それは、「かつて聖徳太子が説いた教えを大切にしながら、小グループのデイサービスで、人と人との絆を大切にすること」だと言う。
聖徳太子は大阪の四天王寺に、敬田院・悲田院・施薬院・療病院という四箇院(しかいん)を造り、信仰のみならず福祉や医療に力を注いだことがよく知られている。公子さんはそのような古(いにしえ)のお寺の姿をイメージし、現代社会に再現しようとしているようだ。

お寺ならではのデイサービス

センターは、現在、所長をはじめ男性の常勤職員1名、女性看護士1名、非常勤のヘルパー2名の体制で運営されている。看護士は保育園のスタッフも兼ねているので、経済的にもプラスだという。スタッフは檀家の中から「この人」と思える人に依頼をしているそうだ。「お年寄りのお世話をするにはやはり奉仕の心が大切です。いのちを預かっているという気持ちをしっかりと持てる人にお願いをしています」と公子さんは語る。
理事長を務める小島住職は、お寺がデイサービスをする意義について次のように話す。
「大規模な施設に比べてお寺には自由さがあります。プログラムをこなすことばかりに気を取られず、一人ひとりの状況にあった心身のケアを行うことができます。先代の住職を良く知っている人もいるので、つながりがとても深まりますね」
住職自身も、月に2回はお年寄りに習字の指導をしている。しかし、お手本はいっさい書かないそうだ。「自分の字で良い、自分の字を書いてくださいと言っています。型にはめるのではなく、一人ひとりの個性を表現してほしいと思っています」と語る。最近では、社会福祉協議会主催の文化展に出品しようという声も上がるほど、お年寄りたちの意欲も上がってきているそうだ。
とはいえ、介護を巡る環境は、7年前の開設当初とは随分違ってきている。行政による要介護度の認定基準が厳しくなり、かつてはほぼ毎日センターに通ってきた人が、週2~3回に減ってきているという。要介護1の人たちは週に4回センターに来ることができるが、要支援1~2の人たちの場合は1~2回しか来ることができない。また、入浴についての費用は減額され、送迎についてはゼロになってしまった。
改正された制度は、大規模な施設に有利なものだという。費用対効果を数字上で追い求めようとする行政の施策が、デイサービスセンター井出のような小規模施設には、不利に働いてしまっているようだ。
しかし、そのような状況にあっても公子さんの表情は明るい。「お寺がやっているからということで、畑でとれた野菜を持ってきてくれたりと、地域の方々からいろいろな形で支援してもらっています。有り難いですね。大規模施設とは違った特徴を今後も大切にしながら、自然体で運営して行きたいと思います」と快活に語ってくれた。

気張らずにぼちぼちと

近年、大泉寺のように高齢者を対象とするデイサービスセンターやグループホームなどを運営する寺院が全国で少しずつ増えてきている。その中には境内の建物を改装して施設として使用しているものや、地域で使用されていない建物を借り上げてNPOとして運営している例もある。少子高齢化を迎えた今日、お寺が担う役割も自ずと変化してきていると言えよう。
公子さんに、今後デイサービスを始めようとするお寺にアドヴァイスを求めると、次のような答えが返ってきた。
「お寺によってそれぞれ事情が異なるので、気張らずにぼちぼちとやってほしいと思います。宗教をベースにして、日中お年寄りが安心してくつろげる場所を提供して頂きたいですね。決して行政の下請けになってはいけません」
大泉寺では、デイサービスセンターや保育園の運営の他にも、お寺の行事としての坐禅会や、世界平和を祈念した「大泉寺ライブ」などを開催している。壇信徒の枠を越えた地域の人びとの居場所作りに労を惜しまない。
時代のニーズをしっかりと受け止め、地域の人びとを巻き込みながら進められているこれらの活動は、多くの寺院にとって参考になるに違いない。

(ぴっぱら2010年1-2月号掲載)
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