仏教者の活動紹介

お母さんの笑顔のために ―孝道山本仏殿「ふれあい広場ひだまり」―

(ぴっぱら2008年9月号掲載)

子育て支援の新たな試み

畳敷きの大広間は、子どもの笑い声に包まれていた。走り回る子、ブロックを無心に積み上げる子、木箱に詰まったカラーボールを床いっぱいに広げてご満悦の子どもたち......。
孝道教団は、子育て支援事業の一環として今年2月、ふれあい広場「ひだまり」を開設した。日曜学校など、青少年育成にも力を注いできた孝道教団は、6年ほど前に「孝道山子育てサークル」を設置。未就園児、未就学児本人と、それぞれの保護者を対象として、ほとけさまのお話をきき、レクリエーションを行う月一回開催の親子カリキュラムを実施してきた。
その運営に携わる孝道山婦人会のメンバーから、「親子カリキュラム以外で、お母さんたちがゆっくり話したり、相談したりできる場所があればいいですね」と意見が出されたことが、ひだまり開設のきっかけだという。 
近年では、さまざまな場所で女性に門戸が開かれ、その分、人生の選択肢も多い。そのため、かつてのように「女性が当然通るべき道」として子育てがとらえられなくなってきている。その結果、子育てに関して複雑な思いを抱えたお母さんがことの外多いという。お寺には広い場所があり、何より「お寺の中」という安心感がある。気軽に立ち寄って相談できる、まさに昔からお寺が期待される役割を、より地域のニーズにに合わせて行う形だ。全青協も、要請を受け、開設にあたりサポートを行った。こうして、子育て支援事業の新たな計画がスタートした。

ひだまりの一日

ひだまりは月に2回程度、堂内の大広間を開放、ところどころに小さな丸テーブルとおもちゃを配置し、セルフサービスのお茶を用意して来場者を待つスタイルだ。 
現場を切り盛りしているのは、孝道山の職員と、孝道山婦人会のメンバーを中心とする有志約30名。50~60代の女性たちが多い。特筆すべきは、なによりこの「ベテランママ」スタッフの存在だ。メンバーのうち、一日平均15名程度がスタッフとして携わる。
取材当日、開場より30分ほど前に到着すると、すでに準備の真っ最中だった。おもちゃを用意する人や、セルフサービスのお茶の準備をする人、5人ほどで円座になって、丸めたロープにビニールテープを巻き、輪投げセットを手作りするスタッフたちの姿もある。おしゃべりしながら楽しそうではあるが、それぞれの仕事をみんなで効率よく進めていく。馴れ合うような雰囲気は感じられない。一人ひとりの意識の高さがうかがえる。まもなく、数組の親子連れがやってきた。 
開場から程なくすると、丸テーブルを囲み、お母さん同士の話の輪が広がる。幼い子どもたちは、お母さんたちのそばを行き来しながらも、それぞれの遊びに夢中の様子。スタッフもお母さんたちに笑顔で声をかけていく。そして、子どもたちのそばにも別のスタッフが待機し、遊びを見守っていた。
この日来場した、3歳の女の子のお母さんは次のように語る。「どこかで気晴らしをしようにも、しばらくすると子どもが飽きてしまって困ることもありますが、ここなら安心です。広くて思いきり走れるから子どもも喜ぶし、子どもをみてくれるスタッフさんも大勢いらっしゃいます。スタッフさんは年配の方が多いから、余裕をもって子どもに接して下さいますし、親子でのんびりといさせていただけるのが嬉しいですね」
このお母さんは、ひだまりの日は毎回仕事を休んで参加しているそうだ。
子どもが集まればつきものの、おもちゃの取り合いやケンカなどのトラブルも、ベテランママであるスタッフたちには余裕の出来事だ。「それはとても自然なこと。子どもたちはその中で学ぶこともたくさんあるはず。だから、すぐには注意しないんです」と語る。スタッフ一人ひとりのその余裕が、毎日幼い子どもと向き合い、とかく神経質になりがちな若いお母さんたちのこころを和ませているようだ。

悩みはみんなで共有

ひだまりのスタッフたちは長い準備期間を費やしてきた。各界から専門家を招き、半年以上前から、毎月2回のハイペースで子育ての学習会を開いたという。延べの受講時間は24時間にもおよぶ。親と子のしつけや礼儀の講座に始まり、人間関係の捉え方やいじめ、発達障害、こころを聴く傾聴の意義など、その内容は幅広い。 なぜ、そこまで慎重に準備をする必要があったのだろうか。
代表の久保田さんに聞いてみた。「スタッフが子育てをしてきた時代とは、社会情勢も親子を取り巻く環境も大きく変わっています。自分たちの常識を今のお母さんたちにそのまま押し付けるのではなく、もし悩みがあるのでしたら目線を同じくして一緒に取り組みたい。そのために勉強が必要だったのです」
また、ひだまり開催後には、毎回必ずミーティングが行われる。「悩み、ひっかかりはひとりで家に持って帰らない!」がスタッフ全員の信条だ。ミーティングでは、スタッフひとりずつ、その日あったことや感じたこと、反省点などを順番に話していく。「○○ちゃんが今日はこんなことができるようになって......」「△△ちゃんのママからこんな嬉しい報告がありました」など、その内容は具体的なものだ。熱心にメモをとるスタッフの姿もある。
若いお母さんとの交流は、スタッフにとっても大きな刺激になっているという。「子育ての支援をしているようで、実は私たちも育てられているんです。お母さんたちからも、子どもたちからもさまざまなものをいただいているのを感じます」「ひだまりのスタッフでいることによって、いつも心も身体も健康でいようと強く思います。こちらの気持ちや体調が、来場するお母さんたちに伝わってしまうから」という発言もあった。
ミーティングは真剣そのものだが、雰囲気は非常に明るく、笑いが絶えない。「母は一家の太陽」という言葉が思わず脳裏に浮かぶ。

ママが笑顔なら子どもも笑顔!

何か、少しでもできることを」という想いから始まったひだまりは、開設から5カ月を迎えた。その評判ゆえに、新規の来場者も回を追うごとに増加している。「お寺の理解があるからやってこられた」と、あるスタッフは言う。社会に貢献したいという気持ちが、信仰心とともに、お寺と信徒をさらに結びつけている。お寺と信徒のあるべき信頼感がここには満ちている。
孝道教団のある横浜市は、マンションが数多く立ち並び、東京のベッドタウンとしての側面も持つ。子育て中の家族も多く居住する地域だ。核家族化が進み、身近に相談できる人が少ない状況で、「自分ひとりで頑張らなくては」という束縛から一瞬でも解放されるこの「場」は、貴重な時間を子育て中のお母さんに提供しているのだろう。今後のひだまりの展望はどのようなものだろうか。 「大それたことはまったく考えていない」と、前出の久保田さんは語る。そして、「子どもは宝物です。そして、大好きなママが笑顔なら子どもも笑顔でいられるのです。その笑顔を見られるのが何よりも嬉しいから、楽しんでやらせていただいているのです」と、再び笑顔を向けてくれた。
太陽のように明るく温かいスタッフたちも、家族にとって、また地域にとって「宝物」であるのは間違いない。(吉)

(ぴっぱら2008年9月号掲載)
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