対人関係・コミュニケーション

子どもと インターネット―「ケータイ」のなかの性ー

ぴっぱら2014年9-10月号掲載
思春期学会理事・公立中学校養護教諭 金子由美子

小中学生が、自分の携帯電話(ケータイ)を持ち歩くようになって7年近くが経ちます。私が勤める中学校では、携帯電話の所持率が9割を超えるクラスもあります。こうした状況の中で心配なのは「ケータイ依存」に陥るケースが少なくないことです。

全日本中学校長会がまとめた、平成25年度の調査研究報告書によれば(調査対象は全国の公立小中学校で1都道府県あたり9校を選出)、スマホや携帯電話でのトラブルは、無料通信アプリ(Line等)の書き込み67・9%、いじめ問題35・1%、依存が31・8%と、増えてきていることが明らかにされています。とくに書き込み等によるプライバシー侵害やいじめにより、担任や学年の生徒指導がより難しくなっています。保健室でも、ケータイ依存による日常生活への影響は深刻な状況になり、「午前中は頭がボーッとする」「ケータイを持っていないとイライラする=所持禁止のケータイを見つかることが不安でドキドキする」いった身体症状を訴える生徒も出てきています。

◆親には知られたくない「秘密」

ある日のこと、朝から真っ青な顔をして頭を抱えている中学2年生の男子を心配した担任が、彼を保健室に連れてきました。彼は、保健室でもテーブルに突っ伏して何も話そうとしなかったため、「大事をとって早退しようか」と言葉がけをすると、「ママには会えない、家に帰れない」と言い、いっそうからだを強ばらせました。

その様子から事情を察し、「思春期の男の子は、母親には知られたくないことが増えるよね。でも、秘密を持つのは、あなたが成長している証なんだよ」と支援する言葉がけをすると、彼は涙ながらに家に帰れない事情を話し始めました。

要約すると、「最近、ケータイのアダルトゲームにはまり熱中していたら、なぜか勝手に画面に『おっぱい星人』が張り付いてしまい、どうしても消えてくれない。ケータイを開く度に現れる。そこに請求が10万円だって書かれていたので怖くておびえていたら、ママに怪しまれ、画面が見つかった。怒られたけど、ママはこんな大変なことはパパにも言えない、だから内緒で請求金額を払ってくれる」そこまで話すと彼は、「あっーもう、ママに借りつくっちゃった」と再び頭を抱えたかと思うと、すくっと立ち上がり、「死んじゃいたいよー」と絶叫したのです。

私は、彼の了解を得てから母親に電話をし、「不法請求は絶対に払ってはダメです。画面は放置しておけばそのうち消えますから。男の子にはよくあることですよ。お父さんに内緒にされるのも、彼のプレッシャーになっているようです。むしろ、ご両親がそれぞれの口から、性に近づくことを叱るのではなく、情報を選択する力を付ける必要性についてお話くださった方が彼の救いになるし、抑止力としても効果的だと思いますよ」と伝えると、「どうしたものかと途方にくれていましたが、助かりました、ありがとうございます」と、受話器の向こうで何度も礼を言う母親は涙声でした。

その後も、アダルトゲームに熱中するあまり不登校気味になる、数十万円を超す請求書に驚いた母親が、息子からケータイを取り上げようと乱闘になり大けがをする、などの事例が続いています。

◆ネット依存

学校で「メディアリテラシー(情報媒体を使いこなす能力)」教育が進められつつも、保健室でのケータイにまつわる生徒や保護者からの相談は、年々増えるばかりです。アダルトサイトによるトラブルは男の子に多いのですが、ケータイ依存症は女の子の方が多いようです。友だち同士でチャットやメールを日常的に使うからです。

すぐに返信しないと「ハブかれる(仲間はずれにされる)」という不安から、トイレやお風呂にまでケータイを持って入っている子の強迫観念や、食事や睡眠時間の剥奪などによる健康被害、プロフ(自己紹介サイト)や学校裏サイトでの誹謗中傷に始まるいじめやシカト(無視)からの心身症など、心身共に弊害ばかりが目立っています。

心もからだもボロボロになりつつも、子どもたちはなぜケータイにとりつかれるのでしょうか。大人がやみくもに禁止するばかりでは抑止力になりません。そこで一度、中高生のプロフを覗かせてもらうといいと思います。ヤンキー系の子はデコ盛りしていても、すぐに誰だか見当がつくのですが、驚くのは、普段おとなしくて目立たない子が、自己顕示欲全開でアピールしているブログです。

まじめで通っている女の子もお化粧をし、ツケマ(つけまつげ)、カラコン(カラーコンタクトレンズ)、エクステ(=付け毛)などの画像で自己アピールをし、ヤンキー系に勝る勢いで迫ってきます。好きな男性のタイプ、キス経験、バストやヒップのサイズなど、プライバシーも惜しげなく公開されています。その結果、無警戒に学校名や学年まで書き込み、校門で待ち伏せされたりするストーカー被害も起きてしまっています。

昨年度は本校でも、女子生徒が画面越しの男たちに誘導されるまま、Tシャツをまくり下着をチラ見せさせ、その様子をインターネット(ネット)で生中継するという事件が起きました。「スカイプ」「ライブチャット」「FC2動画」「サイトーさん」のできるケータイやパソコンには、話し相手を募集する全国各地からの男性からの誘い文句が並びます。しかし大半の親たちは、真夜中の少女たちの寝室に「見知らぬ男」が侵入してきている事実を知らず、外に出歩かない「いい子」に安心して熟睡しているのでしょう。

かたや男の子も、教室で会話するのが苦手というタイプの子ほど、絵文字フル活用で、積もりつもった思いを吐き出しています。気持ちや思考を伝える言葉がまだ豊富とはいえない中学生は、親や教員に対しては「ウッセー」「ムカつく」といった単語でしか表現できず、無口に徹している子も多いのですが、その点、ケータイでの絵文字やマークによる表現手段により、ボキャブラリー不足も補ってもらえるのです。

こうした思春期の心理や行動パターンを知り尽くして商品開発をしている売り手により、ケータイやネットの開発は留まることを知りません。また、ネットを通じての、年齢不相応な性的な刺激の配信はエスカレートし続け、性暴力も性的いじめもエンターテインメント化されています。

2013年、漫画から映画化される作品の中にも、いじめのターゲットにされている男の子が、マスターベーションを強要され携帯で撮影されたうえでネット配信される様子が、性的いじめのマニュアルのように描かれていました。 

◆ケータイで繋がるメリット

ある日、学校を休みがちな中学3年生の女の子のプロフのことが、保健室に集まる女の子たちの話題になっていたのでのぞいてみると、ド派手なメークと「ゴスロリ(ゴシック&ロリータ)」ファッションの彼女が現れました。近県に住む同じ趣味の友人と一緒に外泊するようになり、家にも帰っていないようなのです。

心配した担任が家庭に連絡しても、ひとり親家庭の母親は深夜勤務で電話がつながりません。ようやく話せた母親は「相手は異性ではないし、アニメの声優のファンクラブ仲間だから大丈夫。毎日ケータイで話してるから」と安心しきっているようでした。以前から秋葉原でのイベントに泊まりがけで行くなど、「プチ家出」が常習となっていたようです。

しかし、夏休みが終わるころ事件が起きました。母親の元に、数十万円の請求書を持った中年男性がやってきたというのです。夏休みの間、彼女の趣味仲間の女の子たちは秋葉原に近いマンションで寝泊まりしていました。同じファンクラブの男性が「泊めてあげるよ。大丈夫。僕はエッチに興味ないし実家は別だから」と部屋を提供してくれたそうです。宿泊代金や飲食代としては法外と思えるほどのお金を、母親は何とか工面し手渡してしまったといいます。母親から学校に相談があったのはその後のことでしたが、信頼していた男性に裏切られたショックもあり、彼女は部屋に引きこもっているとのことでした。

新学期になっても登校しない彼女は、電話にも家庭訪問にも応答がありません。そこで私は、彼女の上級生の女の子に間に入ってもらうことにしました。その子は高校進学後に「ゴスロリ」に熱中し、時々保健室にも遊びにきていました。

先輩からのメールに反応した本人から、私のケータイにメールが入りました。「センセーが心配してくれてるって、チョーかんどー。涙マーク」。私は「放課後、みんなが帰ってからでもいいから保健室においでよ。ハートマーク」と返信。すると「ありがとう。ピースマーク」とまた返信。

彼女自身も救いの手を待っていたのでしょうが、人にだまされた心の傷が癒えておらず、会って話すことに臆病になっていました。こんなふうに、メールだからこそ素直に本心を言えることもあり、ケータイという存在により助けを求められた事例もあるのです。

あの事件以後、彼女と母親はぎくしゃくした関係になってしまったようだったので、私は母親に「彼女と3人でメル友になりましょう」と提案しました。それから3週間ほどたった日の深夜、彼女からのメールが届きました。「今、うわさから逃げているけど、これじゃ一生終わりがないよね。ママとセンセーのメールにチョー癒やされる。明日は朝から教室行ってみるし」。

その言葉通り、朝の学活には、当たり前のように教室に座っている彼女の姿があったのでした。

◆見逃さないで「性的いじめ」

教育現場で「いじめ」の定義、調査、研究に関する文献は探すことがはできますが、「性的いじめ」となると、まったく見当たりません。しかし現実には、いじめの陰に隠されたたくさんの性的いじめが存在するはずです。

アニメ「クレヨンしんちゃん」の中でも、主人公の幼稚園児が、ペニスやお尻に関する発言を母親や大人の女性の前で発信する場面がギャグになっています。幼児が性的な発言をすることで、おとなが慌てたり眉をひそめることが楽しいというレベルで「しもネタ」を発するのでしょう。

それと同様に、なにかにつけて性的な話題で笑いをとろうとする思春期の子どもたちがいるのです(女の子にもみられる)。多くの場合、他人への攻撃ではなく、自虐的なネタとして性的な用語を使うことが多いようです。

「タンショー」「ソーロー」「貧乳」「微乳」「三こすり半」「ブサメン」「デブ専」「させ子」「女子力ゼロ」などなど。彼らは子ども集団の中で、「自虐ネタ」や「いじられキャラ」に徹することで、かろうじて遊びの集団の末端に加えてもらうしかないのかもしれません。その場合、周囲の大人が性いじめだと気づかず、多くの場合、被害者と加害者が同じクラスや部活動であったりするために、指導過程において「お互いに」「根に持たず」「わだかまりをなくし」「仲良くする」ことで解決したことにしようとしがちです。

特に男の子同士の場合は、「仲間マーキング」や「遊び」にすり替えられがちです。しかし最優先しなくてはならないのは、被害者の子どもの安全確保です。怖がったり、不安であったり、迷ったりしている子をけっして責めずに、事実を正確に「聴きとる力」が求められるのです。

最もプライベートな問題である性的いじめは、死にたくなるほど残酷な出来事なのです。命を軽く扱う風潮の中で、からだ、心、性、命の大切さを子どもたちにどう伝えるのか、そのために養護教諭として、また人として何ができるか、どのようなネットワークを広げたらいいのか、それは永遠に考え続けたいテーマなのです。