対人関係・コミュニケーション

タブー視される性教育ー求められる「包括的性教育とは?」ー

◆ 正しい知識が得られない現状

 令和3年6月、50代の男性衆議院議員が、党の勉強会で「たとえば50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」などと発言し、波紋を呼びました。
 同議員には批判が殺到し、その後、離党と議員辞職を表明しています。
 大人と中学生という年齢差、立場の差などを考えれば、同意と思われるものが本当の同意であるといえるでしょうか。子どもへの性犯罪が問題となっていることを考えても、看過できない発言です。
 国民の代表として世の課題に取り組むべき国会議員からも、子どもへの性的搾取を是とするような発言が出てしまうことに驚かされます。同時に、同じような考えをもつ大人は大勢存在しており、性犯罪の被害に遭う子どもたちが後を絶たない状況となっているのでしょう。
 警察庁が公開した「令和元年の刑法犯に関する統計資料」(令和2年)を見ると、女性が被害を受けた「強制わいせつ」の認知件数は4761件で、被害者の世代で最も多いのが19歳以下でした(2068件)。「強制性交等」の被害者も、やはり19歳以下の世代が最多となっています。
 さらに、「強制わいせつ」の被害を受けた19歳以下の内訳を見ると、未就学児童58件、小学生604件、中学生377件、高校生749件、その他391件となっています。幼い子どもをはじめ、多くの未成年が被害に遭っているのです。
 加害者が罪を償わなくてはならないのは当然ですが、卑劣な性犯罪の被害に遭わないため、子どもたちには幼いうちから「他人が許可なく自分の体を見たり触ったりしようとたら拒否していい、逃げていい」ということからしっかりと教えていくことが必要でしょう。子どもたちを被害者、そして加害者にしないためには、早期の予防教育が不可欠です。
 しかし、今の日本では、こころと体について学ぶ機会、いわゆる性教育を受ける機会は極めて少ないのが現状です。性的な知識は「そのうち自然に身につく」とされ、学校でも家庭でも、十分に教えられているとはいえません。
 それでは、子どもたちが一体、どこで性的な知識を得るかというと、「友人や先輩」「雑誌・漫画・書籍」「インターネット」などからというケースが多いようです。しかし、性描写のある漫画やインターネット動画は、大人がファンタジーとして楽しむために作られたもので、過激で暴力的、支配的であったりと、子どもが正しい性の情報を得るにはふさわしくないものです。
 国際的な潮流では、性教育は性の知識を知るのみならず、すべての人が人生を歩むうえで健康と幸福、尊厳を実現するための包括的な教育であるとされているのです。
 これまで日本で行われてきた性教育の経緯を確認しながら、子どもたちにどのような教育を提供したらよいのかを考えていきます。

◆「教えない」日本の性教育

 あなたがこれまで受けてきた性教育は、どのようなものでしたか? 「小学校で高学年の頃、女子だけ集められて月経について教わった」「高校の保健体育では家族計画の話があった」など、さまざまな答えが返ってきそうです。
 しかし、性交の方法やコンドームの付け方、受精にいたる過程などについて学校で具体的に教わったという人は、ほとんどいないはずです。なぜなら日本では、性教育を理科や保健体育、家庭科などの単元内で断片的に教えており、文部科学省が定めた学習指導要領の中には、「これ以上は教えてはいけない」という〝はどめ規定〟まで存在するからです。
 そうした理由から、今でも性交については小中高校のどの段階でも教えられていません。日本は世界有数のポルノ生産・輸出国と言われている一方で、性教育は世界的に見て極めて遅れているのです。 
 そこで問題なのは、子どもたちの性に関する現実が、教育のはるか先を行っているということです。
 日本性教育協会が公表している「青少年の性行動全国調査」(第8回・2017年調査)によると、性交経験がある子どもは中学生男子で3.7%、中学生女子で4.5%。高校生男子では13・6%、高校生女子は19・3%となっています。
 高校生ともなれば、男女ともに一定の割合で性交を経験する生徒がおり、中学生でも経験者がいるのが実情です。しかし、性交による結果である妊娠を防ぐことの重要性など、相手を傷つけないための知識は行き渡っていません。
 厚生労働省「平成28年人口動態統計」「平成28年度衛生行政報告例」によれば、17歳での出産は1437件、人工妊娠中絶は2517件あり、中絶の割合は63・7%です。さらに年齢の低い15歳未満でも、出産が46件、中絶数は220件あり、中絶の割合は82・7%と高い数字となっています。
 低年齢での妊娠・出産、中絶は母体への負担が大きく、出産したとしても高校中退など、貧困や虐待のリスクまでもが高まります。こうした問題があるにもかかわらず、性交や避妊について教えるのは「寝た子を起こす」ことであり、時期尚早だと言うには、無理があるように思えます。
 子どもたちの心身を守るためにも、早い段階から正しい性の知識を身につけてもらうことが大切です。
性教育を抑制する流れ
 それでは、日本の性教育はどうしてこれほどまでに消極的なのでしょうか。
 それは、日本の性教育が戦後、治安対策や性病対策の一環として行われてきた「純潔教育」が基となっているからだと言われています。
 純潔教育は、性的活動を抑制させて、男女間の道徳的態度をすすめるためのものでした。こうした政策が性教育の基盤となり、時代が移り変わった今日でも、その性質を引き継いでいるのです。
 また、性教育に対しては、度々、政治権力による介入が行われてきました。
 2003年、東京都立の養護学校で行われていた性教育を、ある都議が先鋭的で不適切だと批判したことから、教育委員会も乗り出して教材を没収し、教員への処分が行われるなどしたのです(七生養護学校事件)。 
 2018年にも、東京都議会の委員会で、区立中学で実施された性教育を、学習指導要領にない性交などを教えたとして、公に批判する事態も起こっています。
 養護学校での出来事は後に裁判ともなり、教員側が勝訴しました。しかし、こうしたことによって、建設的な性教育を行いたいと考える教育現場が萎縮してしまっていると、専門家は指摘しています。

◆日本の性教育をアップデートしよう

 性教育は本来、自分と大切な人が信頼ある関係を築き、幸せに生きていくための教育であるはずです。しかし、「いやらしいもの」「抑制すべきもの」「積極的には教えない方がよいもの」という偏狭な価値観が日本には歴然と存在しています。
 インターネットが普及し、幼いうちからあらゆる情報にふれることができる現在、子どもたちの心身と人権を守るために、急いで新たな方向に舵を切る必要があります。
 2009年、「性教育の国際的スタンダード」ともいえる手引書が公表されました。
 それはユネスコ(国連教育科学文化機関)が、国連合同エイズ計画、国連人口基金、国連児童基金、世界保健機関の協力のもと作成した、「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」です。2018年には、改訂版も発行されています。
 日本語版では、性教育は「包括的セクシュアリティ(性)教育」と訳されています。多様性を基本として、性をより包括的なものとしてとらえた、科学的な根拠に基づくプログラムです。これを、世界のあらゆる地域、階層の子どもに提供するねらいです。
 「ガイダンス」では、8つのキーコンセプト(基本的構想)を設定しています(図表参照)。生殖に関する情報はもちろん、家族や友情、恋愛関係などの「人間関係」、「人権と文化」「ジェンダーの理解」「安全の確保」など、性に関するすべての側面をとらえて問題提起がなされています。
 また、さらに細分化されたトピックも設定され、年齢区分(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18歳以上)ごとの学習内容と学習目標が掲げられています。たとえば、日本では高校生にも教えていない性交については、「人間のからだと発達」の項で、9~12歳の学習目標として取り上げられています。
「ガイダンス」では、国ごとの多様性と価値観を尊重する態度を明らかにしており、日本も直ちにそれに倣わなくてはならないというわけではありません。しかし、インターネットなどから偏った性の知識を得るより、格段に安全で、信頼性の高い学習のあり方であることは間違いありません。
 このような教育を実践している各国の研究では、性教育によって子どもたちが性的行動を活発化させる傾向は見られず、逆に「初めて性交を経験する年齢が遅くなった」「避妊具の使用率が増加した」など、行動を慎重化させる結果がみられたといいます。
 こうしたことを踏まえて日本でも、子どもたちに本当に必要な性教育とは何かを、さまざまな観点から議論する必要がありそうです。
 自分のこころと体、人生のすべてのステージに関わる「性」。仏教では「しょう」と読み、存在の本質を意味する言葉です。人間の本質を見据えて、自分や他者のいのちを大切にして生きていくためにも必要な学びといえるでしょう。大人は目を背けず、はぐらかさず、子どもたちのいのちの問いに応えていきたいものです。