子どもの声に耳を傾けよう

いま、子どもたちが求めているもの

青木 沙織(えどがわチャイルドライン)

チャイルドラインとは?

私たち「えどがわチャイルドライン」は、電話を媒体として、子どもからの声に耳を傾ける民間の団体です。2002年5月5日の子どもの日にはじめて電話を開設しました。

チャイルドラインは子どもが自由にかけられる電話のことで、文字通り子ども専用の電話回線のことをいいます。チャイルドラインが誕生したのは1986年、イギリスのBBC放送が児童虐待の特集番組でホットラインを開設したことがきっかけでした。その反響の大きさに子どものための電話の必要性が求められ、独立した常設のチャイルドラインが誕生したのです。

それ以降、その動きは諸外国に広がり、日本でも1998年に東京・世田谷で始まったのを皮切りに、現在では40余りの市民団体が全国各地でチャイルドラインを行っています。また1999年1月にはチャイルドライン支援センターが設立され(2001年5月NPO法人認証)、2000年5月からは全国キャンペーンを行っています。

チャイルドラインの2つの大きな特徴

1)相談機関ではない

子どもたちの声に対して、具体的な解決方法を示唆したり、そこに導いたりすることはしません。それは、そもそも子ども自身に解決能力があると考えているからです。時間はかかっても、多少間違えることがあっても、自分で答えを見つけていくことに意義があると考えています。

とはいっても、実際は子どもたちからの「どうしたらいいのでしょうか?」といった電話はかかってきます。そんな時は「本当だね。どうしたらいいのだろうね」とまずその子の気持ちを受け止め、寄り添い、一緒に考える。教える側と教わる側に分かれるのではなくて、同じ目線で共に考えるのです。もどかしい思いをすることもあります。それでもチャイルドラインは子どもからの声をじっくり待ちます。時に「お説教ぬき、押しつけぬき、子どもたちの声にただただ耳を傾けるのがチャイルドラインです」という言葉を聞きますが、この言葉にはこういった想いが隠されています。

2)電話の内容を限定しないこと

家庭でのこと、友だちのこと、学校のこと、勉強のこと、習いごとでのこと、そして自分自身のこと......。内容を限定することは電話を受ける方にとっては都合が良いのですが、子どもたちにとってはどうでしょうか。子どもたちは実に多様で複雑な毎日を過ごしています。その生活の中で発せられる声は、そんな日常を反映します。内容を分類することは難しいのです。内容を限定することなく、子ども一人ひとりの声を純粋に受け止めていきたい。そういう想いがチャイルドラインにはあります。

分類だけではありません。話の内容は深刻なことでもちょっとしたことでもいいのです。子どもが話したいと思ったことは、どんな分野であっても、どれほどの内容であっても、自由に何でも話していい。そういうスタンスにたった時にはじめて、子どもたちは心を開き、心の底から出てくる声を聞かせてくれるのです。そして子どもたちには、本当の自分を認められた事実から大きな自信をつけていってほしいと願っています。

えどがわチャイルドラインとは?

東京都江戸川区は63万人都市。うち18歳以下の子どもの人口は11万人。14歳以下の人口は9万人を超え(都内1位)、今年4月にも新しい小学校ができるなど、子どもの数は未だに増加の道をたどる地方自治体です。

その江戸川で私たちは、昨年12月に呼びかけ集会を行い、明けて今年1月、えどがわチャイルドライン実行委員会を立ち上げました。そして子どもの日に行われる全国キャンペーンに合わせ、準備を進めてきました。幸いなことに、公益財団法人全国青少年教化協議会より助成を受けられることにもなり、立ち上げの大きな原動力となりました。

「えどがわチャイルドライン」実施に向け、肩書きも性別も経験も越えて、たくさんの人たちも集まってきました。区内に在住・在学している人から遠方の人まで、学生から経験豊かなベテランの人まで、おもしろい顔ぶれが集合しました。全国のチャイルドラインを支援する方からご指摘いただくまで気が付かなかったのですが、前述したことに加え、全体に占める男性の割合も高かったことも、えどがわチャイルドラインの幅をより一層厚くしてくれました。

2月からは電話を実際に受ける「受け手」と呼ばれる人を育成するための研修を行いました。チャイルドラインの概要から技法、また子どもの権利条約、不登校やひきこもり、性など、子どもたちの置かれているさまざまな局面について学びました。電話を受けることを想定しながらロールプレイの研修もしました。そしてその後、5月5日に電話を受ける受け手が選出されたのでした。

18歳までのみんなの電話

「えどがわチャイルドラインは18歳までのみんなの電話です」と題し、4つのことを子どもたちに約束しました。

1)いやになったら切ってもいいよ

これは電話の主導権や決定権は子どもにあるということを指しています。子どもは好きな時にかけられて、好きな時に切っていいのです。

2)どんなことでも一緒に考える

先述したように、チャイルドラインの理念ともいえる想いをこの言葉に込めました。

3)ヒミツは絶対もらさない

あたりまえのことのようですが、一文書き添えるだけで、子どもの心は軽くなり、安心してかけてこられるようになるものです。このことを保障していくため、えどがわチャイルドラインの電話を取っている受け手、及びその会場は非公開としています。誰がどこでやっているかわからなくすることで、子どもはより一層安心してかけてこられますし、子どもの秘密を守っていくことにつながっていくと考えています。

4)名前はいわなくていいよ

えどがわチャイルドラインはどこの誰であろうと関係なく子どもの声を聴きます。そういうことを意味しています。

以上の点を約束ごととし、江戸川の子どもたちに広報していきました。

まずは子どもたちの手元へ配るカードやチラシの準備をしました。電話番号の周知のためです。直接子どもの手に渡るものだから、子どもからデザインを募ってみたらどうだろうかという案が実行委員会の中で出され、いくつかの候補作品が寄せられました。

カード(表)

実際のデザインは、区内在住の16歳の女の子のものを採用することになりました。コンセプトは「いつでも持てるもの」とし、片面は全てイラストで、文字情報は裏面にまとめてあります。

彼女が言うには、こういった電話関連のカードは今までに何枚も配られてきたが、必ず両面に何のカードであるかといった文字情報が書かれていたため、どんなにかわいらしい絵でも何となく恥ずかしくて持てなかったそうなのです。文字のない面があると、何のカードであるか分かりにくく、活字が片面に集中するのでごちゃごちゃしてしまいますが、日常的に持ってもらえないのであれば意味がありません。そう判断して、このデザインを選びました。

カード(裏)

「18歳までのみんなの電話」というキャッチフレーズは、区内の専門学校で児童福祉を学ぶ学生が考えたものを採用し、チラシには、カードのイラストの他に区内の小学校に通う10歳の女の子のものも採用しました。

このカードとチラシを持って、学校一校一校や社会福祉施設、駅やコンビニ、駄菓子屋さんに至るまで、さまざまな所に設置のお願いをしにまわりました。

2002年5月5日、開設当日

えどがわチャイルドラインに少しでも携わった者にとって、忘れられない長い一日となりました。子どもたちは電話をかけてくれるだろうか。電話番号はきちんと周知されただろうか。そんな不安が何度も胸をかすめました。

そんな私たちの心配をよそに、5月5日午前0時から6日午前10時までの34時間にかかってきた電話の総着信件数は125件にのぼりました。そのうち無言件数が32件で、また大人からの電話件数も8件ほどありました。

「ヒミツは絶対もらさない」と子どもたちと約束しているので、内容に関して詳細な記述はできませんが、自分自身のこと、家族のこと、友だちとのこと、学校のことなど、多岐にわたる声を聴かせてもらうことができました。「今度はいつやるの?」という声もたくさん聴かせてもらいました。

5月5日当日に関わった受け手ボランティアの延べ人数は45人、スーパーバイザーや事務的な仕事を含めた裏方ボランティアの延べ人数は39人(どちらも重複あり)。何度も会場入りした人から都合上一度しか来られなかった人など様々ですが、本当にたくさんの人がこの日のために動いたのです。

子どもの日キャンペーンを終えて

5月5日からの34時間に寄せられた子どもの声に耳を傾ける中で思ったことは、こんなにも誰かに話したくて仕方がなかったことを、チャイルドラインが実施されなかったら一体誰に話していただろうか。そんな人が身近にいただろうか、ということです。電話の内容はもとより、どれほどの内容であったかということに着目した時、ちょっとしたことの電話にこそ、子どもの差し迫った実態を見られるように思います。つまりは、深刻な話だけでなく、ちょっとしたおしゃべりすら充分にできない現状が、ここ江戸川にもあるのではないかと感じるのです。

5日のキャンペーンを終えた今現在でも、毎日数件の電話がかかってきます。「子どもの日キャンペーンは終了しました」という留守番電話になっていますが、いても立ってもいられない思いがします。知ってか知らずかわかりませんが、かけてきてくれた、つまりは何か話したいことがあったことに違いないのです。

今回のキャンペーンで見えた子どもの現状というものは氷山の一角に過ぎません。日常の中でふとした瞬間に出てくる声をそのまま受け止められるようにしたいと考えています。

今、地域ができること

カードやチラシの設置のお願いに街の商店にたくさん出向きました。大勢の人と話し、大勢の人の想いを聴かせてもらうとともに、江戸川の子どもたちの実態をたくさん教えてもらいました。特に子どもたちがよく立ち寄るようなお店の方は、実によく子どもたちの現状を知っていました。

口々に語られるのは、「子どもたちは話したがっている」ということでした。

「話を聴いてあげたいし、メッセージを発する子どもたちとももっと関係性を深めたいけれど、商売もあるのでゆっくり話を聴くことができない。子どもが自由に、かつ継続して自分の心の声を外に出していける場があったら、と思う」との声も寄せられました。

家庭でも学校でもないところで見せる子どもの表情、言動。子どもたちのもうひとつの顔が見えるのではないでしょうか。そのことに対して、子どもの必要に応じて関わっていける多様な大人の存在が求められていることを感じました。

チャイルドラインの必要性を深く感じると共に、このように実際に子どもと接する方の中に、子どもの実態を把握し、子どもに対する想いも深い方が地域に数多くいるということが、えどがわチャイルドラインの大きな心の支えになりました。このような方々の存在が、これからの江戸川を子どもが子どもとしてイキイキと生きられる街に変える基礎になっていくのだと感じています。

チャイルドラインは、声を発することを目的とした目に見えない心の居場所づくりにしかすぎません。チャイルドラインが担えるのは、電話という社会資源を使ったごく一部の役割でしかありません。ですが、えどがわチャイルドラインのように、誰かに伝えたい自分の気持ちを声に出して表現できる場が、今、子どもたちに求められているように思います。

「たった一人しか電話をかけてこないかもしれない。でも、その一人の子どもの声を大切にしていける、そんな『えどがわチャイルドライン』であってね」

これは、5月5日を前に、江戸川のある地区で長年子どもたちの様子を地域で見つめてきた方におっしゃっていただいたお言葉です。

子ども一人ひとりの声を聴き、受け止めること。そしてそこに隠れたメッセージに耳を傾けること。子ども一人ひとりの心の声を大切に、今後は常設化に向けて新たな一歩を踏み出していきたいと考えています。

(「ぴっぱら」2002年7月号より)