虐待・DV

自立援助ホームからみた子どもの虐待と支援―あすなろ荘の取り組みからー

ぴっぱら2015年3-4月号掲載
あすなろ荘元スタッフ・アフターケア相談所ゆずりは所長 高橋亜美

自立援助ホームとは、虐待などの理由から家庭で生活できない、義務教育を終えた15歳から20歳までの子どもたちが、働きながら自立(一人暮らし)に向けて生活をする児童福祉施設です。

全国に113か所の自立援助ホームがあり(平成25年10月現在)、多くの「ホーム」ではNPOや任意団体などが運営母体となっています。  

自立援助ホームは、根拠法令となる児童福祉法で「児童自立生活援助事業」として位置づけられていますが、「ホーム」を利用する子どもたちのおかれている現状は、児童福祉の枠から大きくはずれています。

なぜなら子どもたちは、自ら働いたお金で毎月の寮費、国民健康保険料、住民税等を支払い、医療費をはじめ生活に必要なもの(歯磨き粉、洗剤、生理用品等)はすべて賄わなければならず、一人暮らしをするための貯金もしなければなりません。

法的には児童と称される年齢でありながら、子どもたちに課せられているのは社会人と同様の労働と責任なのです。"働かなければ利用できない児童福祉施設"という大きな矛盾を抱えながらも、生きていく場を奪われた子どもたちの最後の砦となっているのは、現在の児童福祉のシステムでは自立援助ホームしかありません。

自立援助ホームへの入所経緯は、児童養護施設、児童自立支援施設(旧教護院)、少年院、婦人保護施設、シェルター、直接家庭からとさまざまではありますが、"安心して生活できる家がない""生きていくための家庭の後ろ盾が全くない"という点においては、入所するすべての子どもたちに共通していることです。

◆「ホーム」からみえる虐待の諸相

子どもたちの受けてきた虐待はさまざまですが、虐待をしてしまった養育者の背景に地域社会からの孤立と貧困があることが、多くの子どもたちに共通しています(虐待防止策として、まず養育者への支援と貧困対策が不可欠であることは言うまでもありません)。

また、高齢児童を入所対象にしていることから、「家庭で長期にわたって虐待を受けてきたこと」も、入所する子どもたちの共通項としてあげられます。

表面化しづらい、可視化しづらい虐待(ネグレクト、精神的虐待、性的虐待、DV環境での生活等)は、家庭のなかに潜伏し続けます。発見しづらい虐待ほど長期化し、虐待環境を生き抜く術として、子どもたちは多くの問題行動とよばれる行動や症状(盗み、援助交際、リストカット、暴力、不眠、夜尿など)を引き起こしていきます。

ひどい虐待環境で育ったにも関わらず、一時保護には至らず、家庭で何とか生き抜いてきた子どもが、家出や犯罪をして警察に保護され、家には帰りたくないということで入所するケースも、自立援助ホームでは顕著に見られるのです。

児童相談所が早期発見・介入できる多くのケースが、身体的虐待、または身体的虐待を伴った虐待という"可視化できるケース"ではないかというのが現場での実感です。

児童虐待防止法が制定されたうえ、連日、虐待の痛ましい報道があり、虐待に対する社会の認知も高まるなかでも、虐待を発見し介入するための整備、そして保護された子どもたちへの支援の整備はまだまだ整っていません。

法律を作り、啓発活動をするだけでは虐待防止には繋がりません。知識を論じあうばかりでなく、整備のため現実的に必要な予算・人的配置を早急に実現させなければ、子どもたちの虐待の被害はなくなりません。

また、発見が困難になっている要因として、現在の義務教育のあり方が深く関わっていることも否定できません。なぜなら、あすなろ荘に入所する多くの子どもたちが"不登校"の名のもと、教育の現場から排除されてきているからです。

学校では教科学習の補足と個人情報保護のため、家庭訪問を実施しなくなっているなど、義務教育の場が家庭との繋がりを排除していく傾向にあるように思えてなりません。義務教育が単なる教科学習のための場ではなく、「子どもの成長・いのちや、心を育む場所である」という理念の根幹が、今日、大きく揺らいでいるのではないでしょうか。

子どもたちが学校に行かないことを選択している背景を、教育の現場ではもっともっと重視していただきたいと思います。

もちろん、虐待保護のためのすべてを学校に押し付けるつもりは全くありません。学校が起点となり福祉や地域、医療に繋げて、社会全体で子どもと家庭を支援するための「機能する仕組み」を作ることが必要です。

義務教育の場こそ、児童虐待を早期発見し介入するための糸口であり、子どもたちが保護されるための大切な砦なのです。

◆"みえない虐待"と"みようとしない虐待"

16歳であすなろ荘に入所したAさんは、両親と3人の妹の6人暮らしの家庭で育ち、父から母へのDVが日常的にある生活を強いられていました。

家にいるよりは学校にいたほうがマシと、小学校には何とか通っていましたが、落ち着いて勉強できる環境ではないことから学習の遅れが生じ、DV環境に()されることで精神も不安定になり、中学から不登校になります。家にも学校にも自分の居場所はなく、友人の家やマンガ喫茶などを転々として過ごすようになり、15歳から援助交際を始めて自らお金を稼ぐようになりました。その後、警察に保護されあすなろ荘に入所しました。

同じく16歳であすなろ荘に入所したBさんは、母との二人暮らしでした。母は精神疾患を患い、Bさんの養育は完全なネグレクト状態。Bさんは小学校3年生頃から完全な不登校となります。

中学へは一度も通学していないのに、卒業証書は郵送で送られてきました。家はゴミ屋敷の状態。ガスや電気が止められるのはしょっちゅうで、お風呂には10年近く入っていませんでした。ある日テレビでみた番組で「児童養護施設」の存在を知り、家を飛び出したBさんは、コンビニで食料を万引きし警察に保護され、あすなろ荘への入所に至りました。

二人のように、自ら家出し罪を犯して、警察に保護されなければ虐待が明らかにならないというケースが、現在どれだけあるのか計りしれません。私たちに"みえない虐待"、私たちが"みようとしない虐待"は、確実に存在しているのです。

◆あすなろ荘での支援

あすなろ荘にくる子どもたちの多くが、「自分なんか生まれてこなければよかった」「今生きていることが面倒くさい」「いつ死んだっていい」という思いを抱いて生きてきました。特に大人に対しては、不信感の固まりしかありません。親からの存在の否定や、社会からの排除を経験させられた子どもたちなので、そのような感情をいだくことは当然のことです。

「大人なんか全く信用できない」「どうせ大人なんかみんな同じ」という、あるがままの気持ちを私たちスタッフは認め、受け止めることから支援は始まります。

あすなろ荘では、スタッフは「指導・管理」ではなく「相談・援助」する支援者として存在します。私たちは子どもたちにとって親のような存在でも、友達でも指導者でも教育者でもなく、支援者であるという立場を、自分自身にもスタッフ間でも、子どもたちにも明確にしています。子どもたちには、「あなたの"生きる"を応援する人だよ」とも伝えています。

支援者という立場での徹底的な関わりというと、少し堅苦しく業務的な捉え方をされるかもしれませんが、自らの立ち位置と役割を明らかにすることが、子どもたちと適度な距離を保ち、配慮しあうことや対等な支援関係の意識が互いに芽生えることにも繋がっています。

◆当たり前の日常生活を、当たり前に提供すること

虐待を受け、傷ついた子どもたちへの支援の基盤として絶対に必要なのは、「安心・安全で、ぬくもりのある家庭的な生活環境」です。

仕事で疲れて帰ってくると「おかえりなさい、おつかれさま」と、自分を待っていてくれる人と家がある、自分のために用意されたあたたかい手作りの食事がある、会話をしながら食事ができる。

また今日の出来事・頑張ったこと・腹が立ったことをじっくり話せる、お風呂に入れる、清潔な住環境がある、夜になったら灯りがともり、朝には窓から陽がさす、朝起きると「おはよう」と迎えられ、仕事に行く際は「いってらっしゃい」と見送ってくれる人がいる......。そんな当たり前の生活環境を提供し、衣食住を共にしながら、子どもたちの心を少しずつ少しずつ解いていくのです。

生活を共にできることを最大限に利用して、生活のあらゆる場面で「生まれてきてくれてありがとう」「生きていてくれてありがとう」「あすなろ荘に来てくれてありがとう」というメッセージを、直接言葉にせずとも伝え続けていきます。

私は"生活を共にするからこそ築き合っていける信頼関係"に、勝るものはないと感じています。

◆生活のなかで寄り添う

虐待トラウマの捉え方を変え、正当に怒り、自らの生い立ちを整理することは、共に生活するなかでこそできることだと思います。安心できる環境で、信頼できる人と時間を共有することは、何度でも繰り返し持たれることが必要なのです。

子どもたちは、あすなろ荘の相談室を兼ねた小さな事務室に就寝前ふらりとやってきて、仕事の愚痴などをとりとめもなく話し始めます。そしていつも最後には、母や家族の話に辿り着くのです。涙を流しながら話す子、怒りに震えながら話す子、まるで無関心を装い淡々と話し続ける子......。子どもたちは親への思い、憎しみ、悲しみ、あきらめをどう処理していいのかわからずにいます。 

親や家族についてこだわりのない子など絶対にいません。こだわりがないように見えるとすれば、そうすることが生き抜く術だったということだけです。

私たちは子どもたちの"生きる"を支援する者として、子どもたちの心の奥底にある親や家族への思いや、狂おしいくらいの、はりさけるほどの思いにそっと手を添えて慎重にそれを取り出し、大切に扱わなければならないのです。

◆虐待問題は私たちの問題

自立援助ホームは、子どもたちが退所した後も、彼らが必要とするとき、いつでもどんなことでも相談できる拠り所でありたいと願っています。

あすなろ荘を退所した子どもたちは、自分の生い立ちを整理し、怒りの感情や親への思いにも折り合いをつけながら必死に生きています。しかし同時に、私たちは虐待トラウマが子どもたちに影響を及ぼし続けている過酷な一面も見てきました。虐待を受けたことによって生じたトラウマは、発達障がい・学習障がいや、あらゆる精神疾患の原因となり、人間関係を構築する能力や働く意志、時に生きる気力を奪うこともあります。

だからこそ、私たち支援者には精神的拠り所となる資質だけでなく、具体的な生活資源と情報の提供もできることが必要とされているのです。

彼らを保護する社会的養護の現状には、問題が山積しています。人的な面の保障も資金も全く足りていません。虐待は保護されたら解決するのではなく、虐待の傷をどう回復できるかが、子どものその後の人生を決めます。手厚いケアと安心できる生活環境なくして虐待の傷は回復しません。

児童虐待問題は私たちの社会が生み出した問題でもあります。私たち社会の大人一人ひとりが虐待問題を自分たちの問題として向き合い、携わっていかなければならないと感じます。

大切な社会の子どもをこれ以上死なせないために。今、虐待環境で苦しんでいる子どもたちと家族を救うために。

虐待を生き抜いてきた子どもたちが、この社会でもう一度自分の人生を生きていくために。