虐待・DV

すべての家庭に希望を!―困難を抱えた家庭への支援とは―

ぴっぱら2011年3-4月号掲載

■増え続ける虐待と貧困との相関関係

昨年の1月、東京都江戸川区で小学校1年生の岡本海渡君(当時7歳)が、継父と実母から暴行を受け、意識不明となり翌朝死亡しました。大阪市西区では7月、羽木桜子ちゃん(当時3歳)と楓ちゃん(当時1歳)の幼い姉弟2人が、母親にマンションの一室に閉じ込められた上放置され、衰弱死するという事件も起こりました。

海渡君は、日頃から身体的虐待を受けていました。そのことに、祖母をはじめ学校や子ども家庭支援センターも気づいていたといいます。桜子ちゃんと楓ちゃんも、泣き声を聞くなどして異常を感じたマンションの住人から再三の通報があったにもかかわらず、命を救うことはできませんでした。

今、日本では週に1人の割合で、こうして虐待により亡くなっていく子どもたちがいます。

厚生労働省によれば、平成21年度に児童相談所で児童虐待についての相談に対応した件数は、全国で4万4211件でした。これは、10年前の平成11年度の対応件数1万1631件に比べて3・8倍と大幅に増加しています。

また、平成20年度中に虐待によって(心中以外)で亡くなった子どもの数は、67名にも上りました。なぜ、子どもたちは虐待によって亡くなっていかねばならなかったのでしょうか?

近年、子どもの虐待と家庭の経済状態に相関関係があることについて多くの調査が発表されています。全国児童相談所所長会は、平成21年3月に『児童虐待相談のケース分析等に関する調査研究』を発表しました(次ページ表)。この調査では、全国197の児童相談所が受理した9895件のケースについて分析を行っています。これによると、「虐待につながるような家庭・家族の状況」については「経済的な困難」が31・5%と最も多く、「不安定な就労」も15・2%に及んでいます。

とくにネグレクト(育児放棄)の虐待ケースでは、「経済的な困難等」が54・1%と極めて高い割合になっています。「被虐待児童が属する世帯の経済状況」については、「生活保護世帯」が12・8%、「住民税非課税世帯」が11・7%となっており、およそ4世帯に1世帯が何らかの形で経済的な困窮状態にあるということが報告されています。

このほかにも、都道府県が実施している虐待に関するさまざまな調査の中で、生活困窮状態にある家庭において児童虐待が起こる可能性が高いことが報告されています。

■日本にもあった「貧困」

そもそも貧困とは、どのような状態を指すのでしょうか。生活保護を受けて行政に頼らなければ生活できない人を貧困だという人もいれば、飢え死にするほどの困窮こそが貧困である、という意見もあることでしょう。貧困を定義づけるのは、なかなか難しいことです。かつて経済が右肩上がりであった時代は、貧困は、どこか遠くの国の出来事か、あくまでほんの一部の特別な人のこととされ、これまであまり真剣な論議がなされてきませんでした。

しかし近年、経済危機が目に見える形で私たちに迫ってきました。一生懸命に働いていても暮らし向きが楽にならないという層が、少なからず存在しています。しかも、一度病気になったりリストラされたりすれば、簡単に住む家を失ってしまうほどの困窮状態に転落するという状況が、明らかになってきたのです。

政府もようやく重い腰を上げました。これまで貧困に関する調査はほとんど行われてきませんでしたが、先の政権交代後、厚生労働省は平成21年に初めて日本の相対的貧困率を発表しました。

相対的貧困率とは、国民の中で所得の低い人の割合がどれだけいるのかを示す値のことで、国民の所得を並べた時にちょうど中央にある値を調べ、その値の半分に満たない所得の層の割合を調べたものです。これは、OECD(経済協力開発機構)と同様の算出方法によります。

その結果、日本の貧困率は15・7%ということがわかりました。また、日本の子ども全体の中で、何パーセントの子どもが貧困の世帯に属しているのかという「子どもの貧困率」は、14・2%にもおよびました。これは、全国で約300万人、7人にひとりの子どもが貧困の状態に置かれているということです。

さらに、ひとり親世帯に限って言えば、貧困率は54・3%にもはねあがります。これは、他のOECD加盟国と比較しても最悪に近い水準でした。豊かで文化的で、貧困とは程遠いと思われてきた日本には、このような現実があったのです。

■困窮家庭の支援に有用な給付

こうした家庭が困難を抱え、日々追い詰められていることは想像に難くありません。不安定な就労の家庭は、そのまま経済的困難に直結していきます。また、ひとり親の家庭では、ひとりの親が家計を支え、子育てや家事をもこなさなくてはならないため、両親が揃っている家庭や援助者のいる家庭に比べて負担がたいへん大きくなります。報道されるような、虐待が起こった家庭を思い浮かべても、こうした状況が多重的に作用していたケースも多いようです。

厚生労働省が行った『母子世帯等調査』(平成18年)によると、母子家庭では、母親の85%が就労しているにもかかわらず、88%が年間就労収入300万円未満の低所得者世帯となっています。また父子家庭でも、37・2%が同じように低所得者世帯であり、ひとり親家庭の貧困リスクがたいへんに高いことがわかります。果たして、こうした家庭に対する支援は十分になされているのでしょうか。

政府が子どもをもつ家庭に対して行っている給付にはさまざまな種類がありますが、生活困窮のリスクが高い家庭への支援として有用なものを、いくつか挙げてみましょう。

子ども手当 一昨年の衆議院選における民主党マニフェストが実現し、昨年から給付されているのが子ども手当てです。マニフェストでは、0歳から中学校修了前までの子ども全員に、一人あたり月に2万6000円を支給するということになっていました(初年度となる平成22年度は月1万3000円を支給)。しかし、厳しい財政事情から、23年度以降の満額2万6000円の支給は事実上断念されるという見通しとなっており、なおかつ、今の法律が1年限りのものであったため、23年度のための法案が通らなければ、3月31日で終了してしまう可能性まで出てきました。

ただし、これまで給付されてきた「児童手当」が復活する可能性が高いのですが、所得制限のない子ども手当に対して児童手当は所得制限があるため、一部で支給額が少なくなるなど、混乱が起こる可能性もあります。政府は、自治体にも負担を求めていますが、拒否する自治体も相次いでおり、今後の動向からは目が離せない状況です。

児童扶養手当 子ども手当は、原則としてすべての子どもに支給されますが、父と生計を共にしていない、18歳未満の母子家庭の子どもに対する給付が児童扶養手当です。最近の父子家庭をめぐる厳しい状況を踏まえ、昨年からは父子家庭にも給付されることになりました。

ところが近年、児童扶養手当の受給者が増加していることから、政府は法律を改正し、平成20年4月より、受給後5年が経過している人に対しては、最高半額まで給付額を減らすという決定をしたのです。これには当然のごとく反発があり、結局、親が障害を持っていたり、自立を図るための求職活動をしていたりと、免除の条件が認められれば、減額をまぬがれることができるようになりました。

お金を給付する一方ではなく、職業訓練などをすすめ、ひとり親の自立を促していこうという流れは理解できます。しかし、雇用状況全般が厳しい中、雇用主に敬遠されやすいシングルマザーに正職員への移行を性急に促し、突然支給の減額を打ち出すことは、困っているひとり親を追い詰める政策と言わざるを得ません。

生活保護 直接的な子ども支援ではありませんが、困窮する家庭の「最後のセーフティネット」ともいえるのが、生活保護です。しかし、これは子どもをもつ親にとっては非常に利用しづらい制度です。元々生活保護は認可の要件が厳しく、なかなか受給させてもらえないのが常識となっていますが、子を持つ親は「稼動年齢」、つまり十分に働ける世代であると見なされてしまうため、たとえ、親が生活に困り果てて相談に行ったとしても、受給が認められるのはたいへんに難しいのです。「あなたみたいな人はいくらでもいる。なんとか頑張りなさい」などと言われ、まともに取り合ってもらえないという切実な訴えは、生活保護に関するインターネットの相談サイト上でも、たくさん寄せられています。

本当に困っている人が保護を受けられず、深刻なストレスを抱えることは容易に想像できますし、こころを病んだり、果てはその苛立ちから子どもへの虐待につながったりという悪循環も予想されます。こうして、弱い立場の子どもが一層苦しい状況に置かれてしまうことが、なによりの問題ではないでしょうか。

■草の根的活動の可能性

政府がすすめる生活困窮家庭への支援策は、子ども手当の実現など、少しずつ前進しているようにも見えます。しかし先にお伝えした児童扶養手当の減額案浮上や、生活保護を受けている母子家庭に支給されていた母子加算(月2万円程度)が廃止されそうになったりと、困窮家庭の増加に、財源の確保が追いついていないのが現状です。

こうした状況を改善するには、雇用環境の整備など、政治の力を利用しないと抜本的な解決には至りませんが、地域で手を携え、自分たちの手で少しずつでも、困難を抱える家庭や子どもたちを救おうという動きが見え始めています。

東京都福生市の熊川児童館では、昨年より子どもに無料で食事を提供しようという催し「くまっこまんぷくDAY」が月に1度開催され、子どもたちに喜ばれているそうです。

同児童館を管理しているのは、「NPO法人ワーカーズコープ」。児童館は母子家庭や生活保護世帯の目立つ都営住宅の敷地内にあることから、児童館には複雑な家庭環境に置かれている子どもたちも大勢やってきます。中には、ごはんがきちんと食べられていないとわかるような子も、少なからずいるといいます。

スタッフがこの催しを発案すると、地域の人たちも協力を快諾しました。初回のイベントでは、おにぎりとたまねぎスープが用意され、地元の太鼓サークルの演奏も行われるなど、子どもを含む約70人が楽しい時を過したそうです。食事にかかる費用は、補助金を得てまかなわれています。

「やはり、実際にご飯が出るということは大きなことで、子どもたちは楽しみに参加してきます」と熊川児童館の館長、杉山由美さんは語ります。子どもたちは楽しい時間を過せると同時に、親以外にも、自分を気にかけてくれる大勢の大人がいるということを知ることができるのです。

虐待の起こる要素として、親自身が子ども時代に愛情を受けてこなかったり、経済不安など、生活に何らかのストレスがかかかること、また、「社会的に孤立し、援助者がいないこと」が挙げられると、厚生労働省の『子ども虐待対応の手引き』(平成19年改正版)に記されています。

そして、困窮者支援の活動家である湯浅誠さんは、著書『反貧困』の中で、「人間関係の貧困も貧困問題である」と述べています。

かつてのように、家族間や地域内に存在した濃密な相互扶助のネットワークが失われつつある今、新たな支え合いの機構が必要となるのは間違いないでしょう。行政に声を届けていくと同時に、虐待をなくし、誰もが住みやすい社会にするために、草の根的な活動を一人ひとりが進めていくことが大切なのではないでしょうか。