虐待・DV

気付こう、小さなサイン―急増する「子どもの虐待」―

ぴっぱら2009年7-8月号掲載

去る2月に、青少年による犯罪や事件、また青少年が被った犯罪等の被害状況をまとめた平成20年度の「少年非行等の概要」が、警視庁より発表されました。

昨年の虐待による被害児童は319人。この人数は統計を取りはじめた平成11年以降最多で、このうち45人もの子どもが亡くなっています。ちなみに平成11年の被害児童は124人で、この10年間でおおよそ3倍近く増加していることになります。

また、児童ポルノ事件で被害を受けた18歳未満の少年少女も、351人と前年より3割近く増加し、同じく過去最悪となっています。

これらのデータは、あくまで犯罪として検挙されたものであり、全国の児童相談所に寄せられている相談件数そのものは4万639件(平成19年度)にものぼっているのです。これは、この10年で8倍近い増加となっています。

◆児童虐待の分類

平成12年に施行された「児童虐待の防止等に関する法律」によると、虐待とは「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう)に対し、次に掲げる行為を行うこと」だと定義づけられています。

1、児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること。
(身体的虐待―〈例〉殴る蹴るなどの暴力を与える。冬に戸外に締め出す。熱湯をかけて火傷をさせるなど。)

2、児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
(性的虐待―〈例〉児童に性行為を強要する。性器や性行為やポルノグラフィを見せつけるなど。)

3、児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
(育児放棄、監護放棄―〈例〉食事を与えない。幼い子どもだけを残して何日も外泊するなど。)

4、児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(中略)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
(心理的虐待―〈例〉「お前なんか生まれてこないほうがよかった」というような言葉を投げつけたり、脅迫したりする。子どもの目の前で配偶者に暴力を振るうなど。)

児童虐待は、これら4つにおおよそ類型化されるとしています。また、東京都保健福祉局発行の『児童虐待の実態Ⅱ』(平成17年)によると、虐待者の63・3%が実母、21・6%が実父となっており、虐待につながると思われる状況の上位5位は1、ひとり親家庭(31 ・8%)2、経済的困難(30・8%)3、孤立(23 ・6%)4、夫婦間不和(2・04%)5、育児疲れ(18・0%)(複数回答)という結果が出ています。これらが複合的に作用しているケースも多くみられるようです。

◆少女たちの「本音」

虐待が、児童相談所などを通じて表面化する以前のケースを、米原康正さんにお話を伺いました。

米原さんは、小学校5年生から中学生くらいの女の子に人気の雑誌「nicola」(新潮社)誌上で、12年間にわたり「ニコラ兄さん」として読者の悩み相談に答えています。イラストやポエムなどをあわせると毎月2000通が届くというお便りには、少女らしい恋愛や友情に関する相談とともに、かなり深刻な家庭の悩みも混ざっているそうです。

「相談をはじめてからずっと、家庭の悩みは増え続けています。ものすごくびっくりしたものは、『包丁を投げられて何針も縫ったり、お湯をかけられて入院したりしました』という、普通の感覚だと深刻な虐待なのに、『うちのお父さんちょっと変じゃないですか?』と軽い調子で書いてあったお手紙です。『これを親友に話したら、それはひどいねといわれちゃいました』という文面からは、もしかして友達もある程度の虐待を受けているのでは?ということまで予想されました」

また、身体的虐待を受けていると思われる子に『お父さん、お母さんに直接話してみようよ』とアドバイスをしたところ、『きちんと話したいと思って、(暴力が)嫌だと言ったら、余計に殴ったり蹴ったりが酷くなりました』と2度目のお便りが来たこともあるそうで、「常識的な会話が通用しない家庭があるんだ」と愕然としたそうです。

「全国から寄せられる手紙を見ていると、深刻な事態になっている家庭も多いようで、通報などにより表面化するのは氷山の一角なのではないかと思います。そして、場所によっては教育のシステムが崩壊してしまっていて、児童の声が掬すくい上げられないケースもあるのではないかと懸念しています。というのも、ついこの間もらったお便りには『先生から告白されちゃいました。先生との恋愛ってありですか?』という中3の女の子からのものがあり、教師が生徒にラブレターを渡すという信じられないことが学校内で起こっているようでした。深刻な話が深刻化していないことが、すごく深刻だと思います」

ニコラ兄さんに「話を聞いてほしい」「悩みを打ち明けたい」という少女たちの中には、「こんな大切な話、私の周りには話す人が誰もいません」と書いてくる子も多いそうです。この言葉ひとつをとっても、「誰を信用したらいいのか分からない」「分かってくれる大人なんていない」と、孤独に打ち震えている少女たちの姿が目に浮かんできます。

◆「ひとりぼっちじゃないんだ」

このようなローティーン、ハイティーンの少年少女は、幼児や小学校低学年などの幼い子どもよりも虐待被害が目立ちづらいために発見が遅れやすく、受け皿も少ないそうです。そして孤独で、毎日「死にたい」「私なんて生まれてこなければよかったんだ」と思いながら生きているのだと、子どものシェルター「カリヨン子どもの家」で130名もの子どもたちを保護し、弁護士として相談に乗ってきた社会福祉法人「カリヨン子どもセンター」理事長の坪井節子さんは言います。

「私たちのシェルターでは、自分の意志で逃げてきた14〜19歳の子どもたちを保護しています。今まで預かった児童の4分の3は女の子でした。これはカリヨンを立ち上げてはじめて分かったことですが、男の子の場合早くから非行に走ることが多いため、万引きや暴行などの触法行為を行った時に警察や児童相談所の介入があり、虐待から保護されることが多いのです。しかし女の子が非行に走るには援助交際のような怖いことと隣り合わせのため、ハードルが高く我慢してしまう子も多いのです。そのため16〜17歳くらいまで我慢に我慢を重ねて、どうにもならなくなってはじめて家出をしてくるのです」

以前別の取材で出会った、実父から性虐待を受けていた少女は、18歳ではじめて彼氏ができたのをきっかけに家を出ましたが、その手首から二の腕までには数えきれないほどのリストカットの傷や縫合した痕がありました。彼女は家出をするまで、学校の先生にも友人にも、家で行われていることを打ち明けなかったそうです。そして「リストカットは止めなさい」と言われたことはあっても、なぜするのかを親身になって聞いてくれる人はいなかったと言っていました。

「ひとりぼっちじゃないんだ、生まれてきてよかったんだと、こころに火を灯してあげることがシェルターの大きな役割です。みんなはじめは『金儲けのためだろう』『どうせ俺たちを利用するんだろう』と疑っていますが、シェルターでは自分の話をきちんと聞いてくれる大人に出会います。まず、これが大きなショック療法になるんです。『あなた何が食べたい?一緒に買い物に行こう』という日常の一コマさえ、被虐待児童にとってははじめての体験になるんです。何気ないおしゃべりや遊びを重ねて行くうちに、子どもたちは次第に『自分のために動いてくれる大人がいる』『自分を思ってくれる気持ちが本物なんだ』と分かりはじめます。心を開けば、ここから子どもは早いです。この瞬間に立ち会う感動はすばらしいですよ」

荒んだ日常から安心できる生活に入った子どもたちは、ようやく自らの苦難に立ち向かって前向きになっていくのだということでした。

◆失われた宗教観・道徳観を取り戻そう

その後、子どもたちは自立支援ホームに移ったり、住み込みで働ける場所を探したりと、さまざまな道を歩んでいきます。残念なことに、保護者が反省をし、子どもが帰宅できるようになる家庭は全体のわずか2割程度だそうです。

中には、保護者が経済的にも精神的にも追いつめられ、うつ病などにかかり、寝たきり状態になっている家庭もあるそうです。支援が必要なのは子どもだけでなく、保護者のメンタルヘルスや就業にまつわることなども含まれるのです。

「年間の自殺者はここ10年間、3万人を超えています。大人も生きていられないほど辛くて、ひとりぼっちなんですね。その陰で子どもたちも苦しんでいます。親から虐待され、生まれてきた意味を失っている子どもたちは、『なんで自殺しちゃいけないの? 私なんて必要のない人間でしょう?』と考え、「命ってなんだろう」という根源的な問いを持っています。まさに、それに答えられるのは、宗教だけではないでしょうか。私はクリスチャンですが、まさか自分が『あなたの命はあなたが作ったものじゃないでしょう?授かったものだよね。だから絶対に何か意味はあるし、生きていかなきゃ』『あなたのことを神様はいつも見守ってくれている。ひとりぼっちじゃないんだよ』というような話をするとは思いませんでした」と坪井さんはおっしゃっていました。

また、米原さんも宗教や倫理というものの大切さを訴えていました。
「家庭や学校が教育の場として成り立たないようなところでは、育つ過程で昔の子どもたちが自然に身につけていた道徳観が、一切育っていないように思います。また、「地獄に落ちない生き方をしよう」とか「お金じゃ得られない幸せもあるんだよ」というような宗教観・倫理観も、この10年ほどで特に失われている気がします。僕が相談をはじめた12年前に中学生だった子は、今や親になっていてもおかしくありません。倫理的な教育を受けられないまま親になってしまう子が現れているんだなと感じます」

◆子どもに安らぎの家を

現在、日本では「カリヨン子どもの家」をはじめ、東京、神奈川、愛知、岡山の1都3県でシェルターが設置されています。しかし、虐待を受けている子どもは全国に存在しているのです。

「虐待の起こらない社会になることが理想ですが、残念ながら増加し続けているのが現状です。定員は少なくてもいいから、全都道府県に子どもの逃げ込めるシェルターがあればと思います。自分を受け入れてくれる場所があるというだけで、虐待を受けている子どもの生きる勇気につながるんです。少しでも支援の輪が広がればといつも思っています」と坪井さんは語ります。

愛され癒されるはずの家庭で傷つけられる子どもたち。信頼し、こころ委ねる場所が持てないというその苦しみは計り知れません。苦しむすべての子どもたちが笑顔になれるよう、大人である私たちが関心を高め、できることから行動することが、解決の一歩になるのだろうと思います。(中山)