ネット依存

やめたくても、やめられないー急増する子どもの「ネット依存」ー

 中高生の7人に一人がインターネット(ネット)依存の疑いあり──。昨秋、そんなニュースが飛び込んできました。これは、厚生労働省の研究班が、2017年に全国約64000人の中高生を対象に行った調査によって明らかになったものです。ネット依存の疑いのある中高生は、5年前の前回調査に比べてほぼ倍増していました。
 「ネットに夢中になっている」「思っているより長時間接続してしまう」「使わないと落ち着かない、いらいらしてしまう」など、8つの設問に5つ以上当てはまる人を「病的使用者」としたところ、中学1年生の10.0%(5年前は4.0%)、高校1年生の16.1%(5年前は9.8%)が該当しています。
 また、調査に協力した中高生のうち、半数前後もの子どもがネットの使いすぎによる成績の低下を経験しており、子どもたちの生活時間がネットに奪われている様子がうかがえます。
 子どもたちが使う端末としては、スマートフォン(スマホ)が圧倒的に多くなっています。中学生で7割以上、高校生ともなると9割以上がスマホを使ってネットにアクセスしています。
 検索機能をはじめ、友だちとのコミュニケーション・ツールとして、ゲーム端末として、スマホは大人だけでなく、いまや子どもたちの生活にも欠かせないものとなっています。しかし、便利な反面、ネットに多くの時間が割かれることで睡眠不足になったり、目を酷使することから目が悪くなったりという「身体に良くない」影響があることはかねてより言われてきました。
 しかし、最近の研究によれば、病的なネット依存となることで、脳の神経細胞が実際に「壊れてしまう」ことが明らかになったのです。
 脳の特定の領域の活動が低下したり、逆に高まりすぎたりするなどの異常に加えて、最新の画像解析によって、大麻や覚醒剤といった薬物依存症の人の脳と同じように、損傷と機能低下が生じることが確認されたそうです。
 具体的には神経過敏でいらいらしやすく、注意力や実行機能が低下して、社会的な機能が著しく損なわれてしまうというのです(岡田尊司『インターネット・ゲーム依存症』)。

◆ネット依存外来

 今の中高生は、生まれたときからネット環境に囲まれて育った「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代です。これまでも、ネットの使いすぎによる子どもたちへの悪影響は懸念されてきましたが、ブロードバンド環境が整備されてきたこの20年、端末を操作するだけであらゆることがスムーズに実現できる便利さと文化的な可能性の高さから、ネット周辺技術は驚異的なスピードで進化し、私たちの生活に浸透してきました。
 そんななか、2011年になって、アルコール依存症研究で知られる神奈川県の久里浜医療センターでは、日本で初めて「ネット依存外来」を開設しています。
 開設当初は、主にパソコンを使用したネット依存の患者さんが来院していたということですが、3~4年前からは、「子どもがスマホに夢中になってしまい学校へ行かなくなった」など、スマホ、とりわけスマホゲームをきっかけに来院するようになった人が急増しているそうです。
 先の調査でも、「30日以内で利用したネットサービスは?」という設問では、オンラインゲームを挙げた子どもが目立っていました。特に顕著なのは男子で、6~7割もの子どもがスマホなどでオンラインゲームを行っていました。
 久里浜医療センターでも、新規受診者の90%がゲーム依存で、なおかつそのほとんどがオンラインゲームへの依存であるということでした。

◆深刻なネットゲーム依存

 一昨年10月、埼玉県桶川市で、1歳の男の子を衰弱死させたとして20代の夫婦が逮捕されました。母親はオンラインゲームにはまり、毎晩3人の子どもを置いて実家に行き、夜通しプレイしていたといいます。またゲームに課金しすぎてミルクが買えなくなり、ミルクの回数を減らしたり、薄めて与えたりしていたと供述しています。
 父親はあまり育児に参加していなかったとみられ、報道によれば、育児ストレスから解放されるネットの世界こそが「自分の本当のリアルの世界だった」と答えたそうです(産経新聞地方版2018年12月6日)。
 この親がもともとゲームに依存していたのか、孤独な育児から逃れるためにゲームに没頭したのかは定かではありませんが、同様の事例は海外でも報告されており、ゲーム依存が深刻なネグレクトを引き起こす可能性があることを示しています。
 また、通勤時間のほんの暇つぶしのはずが、スマホでのゲームに没頭してしまうようになり、ついに仕事を辞めざるを得なくなって家庭が崩壊してしまったという例もあります。若者だけでなく、働き盛りの大人がゲームに依存してしまうことで、家族や子どもにも大きな影響が出てしまいます。
 ネット依存の原因のなかでも、特に中毒性が高いとされるオンラインゲーム──。具体的にどのような特徴が人びとを惹きつけてしまうのでしょうか。

◆オンラインゲームとは?

 オンラインゲームの特徴としてはまず、終わりがないということ、そしてネットを通じて知人だけではなく、世界中の見知らぬ人とプレイすることが可能になっているということがあります。
 終わりがないというのは、かつての家庭用ゲーム機のソフトのように、ボスを倒したら終わり、という性質のものではなくなっているということです。プレイヤーが飽きないように、ネットを通じてゲームの世界が絶えずアップデートされるので、延々とプレイし続けることが可能です。
 また、ゲーム上の仲間とチームを組み、同時にプレイしてモンスターを倒したりするため、途中でプレイを抜け出しづらくなっています。ゲームの中では大人も子どももないため、深夜に及ぶこともある大人のゲーム時間に合わせて子どもが長時間プレイすれば、当然、学校生活などにも支障が出てきます。
 反面、仲間からの期待や賞賛を受けられたりもするので、ゲームのなかでは「ヒーローになれる」と、ゲームの世界に自らの存在価値を見いだしていく子どもも少なくありません。
 学校や家庭など現実の生活がうまくいかないと感じている子どもほど、仮想現実であるネットゲームの世界にどっぷりとのめり込んでしまうのかもしれません。
 こうしたゲームの多くが無料でダウンロードできることも、子どもたちがゲームを始めることのハードルを低くしています。

 ◆予防に勝る治療はなし

 現時点では、ネット依存の正式な診断ガイドラインは存在しないということですが、依存の程度などを参考程度に評価することのできるテストは存在しています。久里浜医療センターの「ネット依存治療部門」のホームページにも、数種類のネット依存のスクリーニングテストが載せられています。
 また、「過去12カ月間で、ゲームをする時間を減らそうとしたが、うまく行かなかったことはありますか」「自分がどれくらいゲームをしていたかについて、家族、友人、または他の大切な人にばれないようにしようとしたり、ゲームについてそのような人たちに嘘をついたことはありますか」など、ゲームに特化した内容となっている、米国精神医学界の疾病分類をもとにした「インターネットゲーム障害テスト」というものもあります(樋口進『スマホゲーム依存症』より「IGDT-10」(インターネットゲーム障害テスト)を参照)。
 このテストでは、「ゲーム」の部分を飲酒やギャンブルに置き換えても当てはまることから、ゲームに深く「ハマって」いる状態が、いかに他の依存が引き起こす症状と似ているかを示しています。
 いつでも、どこでも気軽に楽しめるが故に、周囲の人間が知らない間に深刻な依存を引き起こすネットゲーム──。子どもや若者が、脳の機能低下まで引き起こす脅威にさらされているというのに、たかが子どもの遊びではないかと、世間はあまりにも悠長に受け止めています。
 国内のオンラインゲーム市場が1兆円を超え、ゲーム産業が多くの利益と雇用を生み出している現在、政府も政治家もこの問題に積極的に介入しているとは言いがたいのです。
 「予防に勝る治療はなし」という言葉がありますが、ゲーム依存になってからそこを抜け出すことはまさに困難の一言であると専門家は警告しています。危険性が認識されてから、政府が対策に乗り出すまでに数十年もの時間が経過してしまった喫煙の問題と同じ轍を踏まないためにも、国が早急に対策を講じるよう、多くの人が声を上げていくことが求められています。

◆問題行動の裏側にあるもの

 ここまで、ゲーム依存について筆を進めてきましたが、スマホが普及したことで子どもたちの依存が懸念されるものに、SNSがあります。ゲームにはまってしまうのは男子の割合が高いのですが、SNSに依存しやすいのは女子であると言われています。
 昨今、TwitterやLINEなどのやりとりをきっかけに子どもが犯罪等に巻き込まれるケースが増えており、SNSで見知らぬ相手と接触する可能性が危ぶまれていますが、社会学者の土井隆義さんによれば、今、若者の多くは、第三者よりもむしろ日常の仲間との関係維持のためにSNSを積極的に活用しているようだといいます。
 ネットが広く普及した現在、誰もが自由に自分の主義主張や嗜好を発信できるようになっています。そうして進んだ価値観の多様化によって、子どもの世界であっても共通した関心事を安定的に持ち続けるのは難しくなっているのです。
 「どこに正解があるかわからない」「誰が本当の味方かわからない」という、自由な反面、ある種、不安の絶えない環境の中で、子どもたちは決して周囲から浮かないように、いじめの標的にならないようにと、ネットを「常時接続」させながら必死の努力を払っていると、土井さんは述べています。
 かつては、親や教師に「監視される不満」が子どもたちに共通のものとしてありました。しかし、今は「見てくれていないかもしれない不安」が子どもたちを覆っているようです。工夫を凝らした「自撮り」写真や、こんなところに行った、こんなものを食べたという「インスタ映え」する写真を絶えずSNSにアップし続ける若者の心情には、自分に注目してほしい、誰かにいつも承認してほしいというこころの叫びが隠されているのかもしれません。
 子どもの問題行動は、親密な関わりや愛情を求めるこころの裏返しであることが多いものです。ゲーム依存・SNS依存などへの物理的な対策としては、スマホにフィルタリングを設定したり、管理ソフトで利用時間の制限を行ったりすることが可能でしょう。依存が疑われれば、早めに医療機関にかかることも重要な選択肢です。
 しかし、それだけでは本質的な問題解決とならないことは明らかです。
 なぜネットに依存したり逃避したりしてしまうのか、その原因を本人だけでなく、家族など周囲の人間が親身になって探っていくことが必要なのではないでしょうか。本人の不安な気持ちを理解しながら、何はなくとも「大切なのはあなたなのだ」「あなたにここにいて欲しい」と伝え続けてあげることが、今すぐに私たちにできる最良の対策であるように思えます。