いじめ

いじめ問題によせて―大人が子どもたちにできることは

ぴっぱら2012年11-12月号掲載

昨年、滋賀県大津市で起こった、中学生がいじめにより自殺するという痛ましい事件。中学校が家宅捜索を受けるなど異例の事態となり、現在でも問題の所在を明らかにするべく調査が進められています。その後もまるで連鎖したかのように、兵庫県や東京都などでいじめによる子どもの自殺が報じられました。

大津市の事件をうけて、文部科学省では全国の国公立・私立の小中学校と特別支援学校を対象に、いじめに関する緊急調査を行っています。
その結果、今年4月以降の半年間に、子どもの生命や身体を脅かす恐れのある重大ないじめが、約250件も報告されていることがわかりました。重大ないじめの中には、けがをさせられたり、金品を要求されたりといった悪質なケースも含まれています。全体としては、約7万5000件ものいじめが認知されており、早くも昨年一年間の認知件数を超えているのです。

◆関心を薄れさせないために

いじめの問題は、何か事件が起こって社会的な関心が高まると問題意識も高まり、反面、時間が経ち関心が薄れてくると危機意識が落ちてしまうといった流れを繰り返しています。いじめの認知・発生件数を見ても、いじめに関する事件が起こり、大きく報道された直後は、関心の高まりによるものか認知件数が大きく伸び、その後は減少していくのが分かっています。これは、児童虐待の問題にも言えることです。

こうした状況を受け、岐阜県の可児市では、学校だけでなく保護者や市民らの責任も明記した「子どものいじめ防止条例」を制定、10月2日の市議会にて全会一致で可決、成立しました。子どもに特化したいじめ防止の条例が成立するのは、全国で初めてのことです。たとえば市長に対し、学校などに直接対応の是正を要請する権限を持たせるという内容が盛り込まれており、専門家からも、教育現場の隠蔽を防ぐことのできる画期的な取り組みだとして歓迎の声が上がっています。

◆質が変わってきた最近のいじめ

check.jpg最近のいじめは、「こちらが注意して見ていても分かりづらい」と漏らす教師が少なくありません。クラス内の人間関係が、クラス内にできた仲良しグループの中の関係に固定されやすいため、何かクラス内でトラブルがあっても、昔の教室のようにおせっかいを焼く子がいさめたり、先生に報告したり、いじめる子をガキ大将が注意したり...といった関わりが、かつてほどは期待できないといいます。

また、パソコンや携帯電話を使い、ネットのコミュニティの中などで中傷する、いわゆる「ネットいじめ」も増加し、手法も巧妙化しています。
たとえば、「なりすましメール」によるもの。アドレスや名前を偽装し、まるで本人が送ったかのように同級生に中傷や卑猥な言葉を送信して本人を孤立させるいじめです。犯罪とも言えるその陰湿な方法は、いじめられた方も加害者が見えないため逃げ場がなく、精神的に追い詰められやすいのです。教師による発見も容易ではありません。

いじめによる痛ましい事件が起きる度に「近くにいながら、なぜいじめの兆候を発見できなかったのか」と、必ずといってよいほど保護者や担任教師が矢面に立たされますが、子どもにしてみれば、最も信頼する人にだからこそ言えないという気持ちが強いようです。親からの精神的自立を目指し、トラブルはできるだけ自分で解決したいと考える成長期特有の事情も無視できません。

◆求められる「ナナメの関係」

そうした時にこそ、家族や担任教師以外の「ナナメの関係」が役に立つと、『教育大混乱』(洋泉社)の中で教育者の喜入克氏は述べています。ナナメの関係とは、たとえば出身校(園)の先生、親戚のおじさんやおばさん、近所の人、アルバイト先の先輩など、ある程度関係性が遠い人のことを指します。親などよりも、こうした人たちには案外素直なこころの内を打ち明けやすいものです。

しかし、子どもの周囲を見渡してみると、ナナメの関係にあたる人が実際にはどれほどいるでしょうか。お子さんやお孫さんのいる方は、そうした存在の有無について一度確認をしてみるのもよいかもしれません。また、可児市の取り組みのように、当事者や関係者以外であっても、地域のみんなで大切な子どもたちのために関わっていこうという意識を新たにすることが必要でしょう。
さらに、いじめる側にも目を向けたいものです。いじめる子どもがいる家庭では、放任や家庭内の不和など、何らかのストレス要因が認められることも多く、そうしたはけ口がいじめとして表れていることも十分に考えられます。

◆どんな人にも、美しい言葉を

全青協が、仏教のエッセンスを子どもたちのためにわかりやすく示した『ほとけさまのおしえ』の中には、次のような一節があります。

底ぬけに 人を信ずる人間となろう
あの人にも この人にも 太陽にも 空気にも
まもられていきるわたしたち
みんなを信じよう
どんな人にも 美しいことば
あたたかい ことばで 話しかけよう
ほとけさまは 底ぬけに わたしたちを
信じていてくださる
ほとけさまのねがいのなかに
底ぬけに 人を信ずる人間となろう

人間が完全な存在でないからこそ、心がけたい大切なきまりがあることを、仏教は私たちに示してくれます。多くの子どもたちが、こうした教えに幼い頃から触れてくれたなら......。宗教情操教育の必要性を、いっそう感じずにはいられません。 
残念なことですが、いじめをこの世から完全になくすことは難しいかもしれません。しかし、時間はかかっても、大人が子どもを健やかに育み、導いていくことはきっとできるはずです。