家庭・暮らし

棄てられた いのちを救え!ー熊本市動物愛護センター 「殺処分0」の取り組みー 

街を歩けば、時折目につくペットショップの看板。ケージに入れられたあどけない子犬や子猫に目を奪われて、思わず足を止めたことがあるという人も少なくないことでしょう。
 いま、国内で飼われているペットはどのくらいいると思いますか? この少子化のご時世、15歳以下の子どもの数は1633万人ということですが、犬と猫だけで、その数を上回るおよそ2030万頭が飼われているのです。
 昔は番犬として犬を、ネズミ獲りのために猫を飼うという家が多かったものです。しかし、いまやペットは多くの家庭にとって家族同然であり、「ペットロス」という言葉が生まれたように、かけがえのない存在として迎えられています。
 その反面、目を覆いたくなるような現実もあります。平成25年度に全国の保健所などで殺処分された犬や猫は12万8千頭あまり。ペットブームの最中、単純計算すると一日に350頭もの犬や猫が〝処分〟されているのです。

◆「殺処分0」を目指して
 町の中心からバスで揺られること40分。となり町との境目の地域に、その施設はありました。門をくぐる前から元気な犬の鳴き声が聞こえてきます。案内された個室ケージの向こうにいたのは、さまざまな種類のワンちゃんたちでした。写真を撮ろうと近づいてみると、興奮して吠える子もいれば、尻尾を振って寄って来る子もいます。人間に馴れているようですが、その瞳はすこし、さみしげに見えました。
「この子たちは、ここで新しい飼い主さんを待っています。以前は大部屋に収容するだけでしたが、いまは犬の性格や相性を把握しながら、ストレスが少ない環境で管理しているんです」
 そう語るのは、ここ、熊本市にある熊本市動物愛護センター所長の村上睦子さんです。2015-9pet3.JPG
 ご存知のように、保健所(動物愛護センター)は全国の自治体によって運営されており、動物に関する相談や苦情を受け付けたり、引き取りや捕獲、殺処分なども行います。
 環境省のデータによると、一昨年には全国で、17万6千頭の犬や猫が引き取られました。そして、引き取られたうちの実に70%以上の犬や猫がいのちを絶たれています。
 しかし、ここ熊本市のセンターでは、10年ほど前から「殺処分0」を目標とした取り組みを行い、昨年にはついに犬の殺処分0を実現させたのです。これは大きな反響を呼び、全国から視察や取材が相次いでいます。

◆「本当は殺したくない」
「かつてはここでも、要請に応じて動物を収容し、殺処分していくという業務を繰り返してきました。でも、平成13年にここの所長となった人物が、このような状況を何とかしたいと、改めて職員一人ひとりに問いかけたのです。すると、『本当は一頭だって殺したくない』『何とかできるものなら、ぜひそうしたい』との答えが、多くの職員から返ってきました。そこから、殺処分0を目標にした取り組みが始まったのです」そう、村上さんは説明します。
 殺処分の方法は、自治体によっても異なりますが、炭酸ガスによって窒息させる方法をとるところが多いようです。
 熊本市では、いまは鎮静剤と麻酔薬の注射による安楽死に切り替えられていますが、かつては〝その日〟が来ると、動物が収容されているケージの壁の一角が動かされ、動物たちは定められたスペースに集められていました。そしてひとたび密閉され、担当者がボタンを押せば、炭酸ガスが充満して動物たちは死に至るのです。殺処分は安楽死だと思われていることも多いですが、この方法では数分間、窒息の苦しみを味わうことになります。不穏な空気を察してか、盛んに鳴き声をあげていた犬たちも、しばらくすると爪で床を掻きながら、折り重なるように息絶えていくそうです。
 保健所などには、獣医師資格を持つ職員も多く勤務しています。動物のいのちを救おうと学んできた人が、仕事とはいえそのいのちを奪わなくてはならないなんて、こんなにつらいことがあるでしょうか----。その気持ちは、全国の職員の皆さんもきっと、同じことでしょう。
 それでも、熊本市のセンターが掲げた殺処分0という目標は、当時の常識から考えれば、「あり得ない」ことだったといいます。
 環境省のデータを見ると、熊本市のセンターが殺処分0の目標を掲げ始めた頃である平成16年には、全国で引き取られた犬と猫の殺処分率は、実に94・4%というすさまじい数字でした。
 殺処分の割合は自治体によって大きな開きがあります。方針もそれぞれで、収容できるスペースにも、職員の数にも限りがあります。何より、元は狂犬病予防のために設置されたという施設の性質上、〝処分〟から〝愛護〟へという発想の転換をはかることは容易なことではありません。

◆具体的な取り組みとは2015-9pet2.JPG
 それでは、熊本市の犬の殺処分0は、一体どのように実現されたのでしょうか。
 具体的には、「さまざまな理由をつけて引き取りを希望する無責任な飼い主への説得を強化したこと」や、「新しい飼い主が見つかるように譲渡のための取り組みに努めたこと」、「迷い犬を元の飼い主に戻す取り組みをしたこと」が大きく奏功しているようです。
「飼っていた犬や猫を『引き取れ』『処分しろ』という人に、安易には引き取れません、どうしても飼い続けられないというのなら、ご自身で新しい飼い主を捜してくださいというと、怒りをあらわにして怒鳴ってくるような人も少なくありませんでした」と村上さん。
「『急に引っ越すことになったから』『大家さんに飼ってはいけないと怒られたから』『入院することになったから』『増えすぎてしまったから』『犬が歳をとったから』など、どれもこれも、人間の都合ばかりなんです。それなら、なぜ飼ってしまったのでしょう。ライフスタイルが変わる前に手を打つことができなかったのか、避妊手術をするなどの対策がとれなかったのかなど、残念な気持ちでいっぱいになります」
 脅されても、怒鳴られても、毅然とした態度で飼い主を説得することは、一体どれほどの負担であったことでしょう。困難な目標にチャレンジしてきた職員の方々には頭が下がるばかりです。こうして熊本市では、かつて年間300件近くあった犬の引き取りを、昨年は6件にまで激減させました。
 また、昨年には新しい飼い主への譲渡に特化した施設も完成させました。ここでは、犬舎や猫舎のほかに、健康管理のための治療室や、犬たちの見た目を整えるためのトリミング室も完備しています。処分が前提となっていた動物行政施設として、これはたいへん画期的なことです。
 譲渡にあたっては、希望者への教育も欠かせません。そして、面談などによる審査も厳しく行っています。いずれも、不幸な犬猫を生み出さないためなのです。

◆不幸な猫を増やす「エサやり」2015-9pet1.JPG
 日本で殺処分というと、なんとなく犬の姿ばかりが頭に浮かびますが、実は、殺処分される数は猫の方が2倍近くも多いといいます。村上さんによると、そうした猫が増え続ける原因となっているのが、お腹を空かせてかわいそうだからと無責任にエサやりをする人の存在なのだそうです。
「一見、よいことをしているようですが、実はたいへん無責任な行為です。エサをもらって栄養状態が良くなると爆発的に繁殖して猫が増え、近隣に迷惑をかけます。また、事故や怪我や病気になってしまうなどして不幸な猫が増えてしまいます。エサをやる人のほとんどは、そこまで考えていません。エサをやりたいなら、近隣に迷惑をかけないように糞尿の掃除をしたり、地域住民にも地域猫として見守ってもらいながら避妊や去勢手術を施さないと......。不幸な猫を増やすことの方が、実はよっぽどかわいそうです」
 エサやりの習慣がある人は、ある種の依存症のようになっていることも多く、何度注意されてもやめられないことが多いそうです。こうした住民同士のトラブルにも、職員は専門的な視点から介入していきます。地域によっては野良猫の避妊・去勢手術に補助金を出しているところがあるので、制度をうまく利用していきたいものです。
 世の中には、「動物好き」も「動物嫌い」もいます。動物が好きで飼ったり関わったりしたいという人は、他の人も心地よく過ごせる環境が保たれるよう努力しなくてはなりません。そう、やはり動物に関わるには相応の〝覚悟〟が必要なのです。

◆自分と同じ〝いのち〟のぬくもり
 いま、そうしたことを子どものうちに教えようという動きも広がっています。
 熊本市のセンターが行っている「ふれあい訪問教室」では、職員が収容された犬を連れて小学校などを訪問し、実際に動物に触れてもらいながら、いのちについて考える機会を設けています。
「子どもたちはペットショップにいるような〝かわいいワンちゃんに会えるのかな〟と期待しますが、実際にはセンターにいるヨボヨボな子たちも来るのでまずビックリします。持参した動物のぬいぐるみを見せながら、『生きているってどういうこと?』と子どもたちに問いかけたあと、犬や猫にさわってもらい、心音を聴かせるのです。心音の強さや大きさ、速さ、それぞれの違い......。犬や猫に触ったことがないという子も多いですから、そのぬくもりを体感してもらうのです」と、村上さんはいいます。
「さいしょ怖かったけど、大丈夫だった」「動物はきたないと思っていたけど、かわいかった」など、子どもたちは感想を述べながら、こうした犬や猫がどうしてセンターにいるのか一緒に考えるのだそうです。
 保健所などに、飼っていた犬猫が飼いきれないと平気で持ち込む人がいます。その冷淡さにあぜんとしますが、大人の価値観を変えるのは非常に難しいことです。そうした意味でも、子どもに対する取り組みが全国でますます盛んになることが期待されます。
 子どもたちに感じてほしいのは、犬や猫、そして他の生き物も自分と同じようにハートをもつ〝いのち〟だということです。自分がされて嫌なことやつらいことは、他の人にも生き物にもするべきでないことを、教えていかねばなりません。
 もし動物を飼いたくなったときには、本当に世話ができるのかをよく考えて、家族で話し合ってほしいものです。
 動物はただ、かわいいだけではありません。犬や猫であれば糞尿の世話をしなくてはなりませんし、歳をとれば介護の必要も出てきます。犬は大きな声で吠えるかもしれません。もちろん、お金もかかります。何があっても、どんなことがあっても、その動物を幸せにすると決心できるまでは、手を出さないことです。
 熊本市のセンターで、現在は使われていないという殺処分機を見せてもらいました。その機械の無機質さと躍動する動物たちとのギャップに、思わず足元から震えがきます。ペットショップで動物を選ぶのは楽しいことですが、まずはこうした施設にぜひ足を運んでもらえたらと思います。つらい現実を知ることで覚悟が決まりますし、犬や猫の、風前の灯となったいのちを助けることができるかもしれません。
 いのちの重さに違いはありません。そのことを多くの子どもたちに感じてもらえればと思います。それが、殺処分されていったたくさんの動物への、せめてもの供養となるに違いありません。(吉)