家庭・暮らし

介護を担う若者たちー「ヤングケアラー」をどう支えるかー

                                                    東洋大学非常勤講師 藤澤雅子

◆日本の介護問題とは
 我が国の65歳以上の高齢者人口は、1970年に7%を超えて、日本は「高齢化社会」になりました。その後も他国に類をみないスピードで高齢化率は上昇し続け、総務省の推計によれば、2020年9月15日現在、日本の高齢化率は28・7%となり、今後さらに高齢化率は進んでいくことが予測されています。
 このような早いスピードで進む高齢者数の増大に伴う様々な課題は、高齢者問題として社会で取り上げられ、国民の老後や介護に対する大きな不安要因になりました。
 戦前においては、親の老後の世話をするのはその子の責任でしたが、戦後は民法の改正による家制度の廃止、そして、高度経済成長の進展に伴う核家族化や都市化の進行により、家族扶養に対する意識変化が国民の間で起きてきました。一方、お年寄りは家族が介護するもの、という価値観は依然として社会の中に根強く残っており、女性を中心とした家族のみでの、親の老後の介護は引き続き行われていました。
 しかし、高齢化や少子化の事態に対する社会保障制度が十分に対応し得ていない状況において、介護の重度化や長期化・家族の介護力の低下などからも、家族による介護だけでは対応が難しくなってきました。そこで、介護が必要となった高齢者を社会全体で支える仕組み(介護の社会化)とし、2000年4月に介護保険制度がスタートしました。それから約20年が経過し、国民の間で介護保険制度に対する認識も広まり、多くの人々が制度を利用するようになりました。
 しかし、本当に要介護者を社会で支える仕組みが定着し、家族の介護負担の軽減と共に家庭内での介護の実情が改善したのでしょうか?
 介護保険制度がスタートした後でも日本の介護問題(状況)を表す言葉として頻繁に耳にするのが、高齢者が高齢者を介護している「老老介護」、認知症の人が認知症の人を介護している「認認介護」、高齢者虐待、独居老人や高齢者世帯での孤独死、介護殺人......ほか。そして、世間では未だあまり大きな問題として取り上げられていませんが、「ヤングケアラー」といわれる若年介護者の問題があります。

◆ヤングケアラーの実情
 「ヤングケアラー」とは、家族にケアを要する人がいる場合、通学や仕事をしながら大人が担うようなケアの責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている子どもや若者のことです。平成29年の就業構造基本調査(総務省)によると、15~29歳のヤングケアラーは、全国で約21万人いると言われています。しかし、統計がとられていない15歳未満の人数は把握されておらず、全国のヤングケアラーの人数や実態に関する公的なデータは未だない状況です。
 彼らは要介護状態にある祖父母の介護をはじめとして、障がいや精神疾患を持つ家族のケア、掃除・洗濯・食事の支度などの家事、外出介助・通院の付き添い・兄弟姉妹の世話や感情面のサポートなど、多様なケアを担っており、毎日家族へのケアに時間を費やしているヤングケアラーもいると言われています。このような状況において2020年11月、政府はようやくヤングケアラーに関して全国の教育現場で初の実態調査を始める方針を固めました。
 「ヤングケアラー」と呼ばれる若年介護者の存在が明らかになったのは、ここ数年のことではありません。それなのに何故、これまでその実態が明らかにされてこなかったのでしょうか。また、学業に専念し、学校生活や社会生活を楽しむことのできる年代にある子どもや若者たちが、家族の世話や大人が担うようなケアをしなければならないこのような状況を彼らは一体どのように感じ、そして受け止めているのでしょうか。

◆祖母の介護をしているA子さん
 福祉専門職をめざして学んでいる大学2年生のA子さんの遅刻・欠席が増えてきたのは、1年生の秋頃からでした。最初は夏季休暇で生活リズムを崩してしまったのか、それとも学習意欲が薄れてきてしまったのか、などと考えながら少し様子を見ていました。しかし、遅刻・欠席に加え授業中の居眠りを繰り返すようになったので、A子さんが一人でいる時をみつけて声をかけてみました。
 「大丈夫? どこか身体の調子で悪いところがあるのではないかしら。夏休み後、今までのA子さんと少し様子が違うので心配なの」という私の問いかけに、A子さんは「うん、大丈夫。体の調子は別に悪くない。ただ眠くて朝が起きられなくなってきちゃった。でも、明日からはまた頑張るね」と何かを隠す様子もなく答えてくれました。
 翌日からしばらくの間は、遅刻・欠席もなく頑張って通学していましたが、やはり授業中はつい寝てしまう様子が見受けられました。
 A子さんには例え短い言葉であっても毎日こちらから声をかけるようにしていたところ、A子さんからも色々なことを話しに来てくれるようになりました。そんなある日、「授業で習ったのと同じように、家のおばあちゃんの認知症がだんだんと進んできたみたいな感じがする」と話をしてきました。そこで、ご祖母様の状態や介護の様子を尋ねてみたところ、彼女が高校1年生のときから同居している祖母の身体が弱りはじめて、見守りを含めた介護が必要な状態になってきたそうです。
 A子さんは共働きをしている両親と父方の祖母、そして4歳年下の弟との5人暮らしをしていましたが、祖母の介護は母親が担っていたそうです。働きながら介護を続けている母親の姿を見ていたA子さんは、少しでも母親を手伝って楽にしてあげたい、大好きな祖母の面倒をみてあげたい、と思うようになり、介護福祉士になる道を選んだことを素直に語ってくれました。
 A子さんの家はとても温かい家庭の様子で「おばあちゃんがずっと家族と一緒にこの家にいられるように」と決めているそうです。しかし、夏休みの頃から、認知症の症状が進行して混乱や不穏状態がみられるようになったため、A子さんが祖母に付き添う時間や介護を担う時間が増えていき、夜間にまで及ぶようになっていました。このような状況においても、A子さんをはじめご両親も「まだこの位なら家族でなんとかできる」と介護保険の申請もなく、介護サービスの利用はしていない状況でした。
 A子さん自身が母親の手助けをしたい、祖母の面倒をみたい、という思いをもって福祉の勉強を始めた為か、彼女自身が今の状況を「困難」とか「大変」等とは感じていない様子です。しかし、A子さんの学校での様子を見たり、実際に話を聞く限りでは疲弊してきている状況と判断できたため、まず彼女自身がヤングケアラーとなっている今の状況に気が付くことが必要ではないかと考えました。
 そこで、学習という形をとりながら認知症や在宅ケア、介護保険制度などに関わる話を積極的に伝え、そのうえでA子さん自身がその話の内容を今の自分の状況にあてはめて考えられるように工夫しながら話を進めていきました。
 「学校で勉強した福祉や介護のことを家に帰って皆に教えてあげたら?」と言う私の投げかけに対して、「家族で話をして介護保険を申請することに決めた。おばあちゃんが昼間一人で家にいるのはおばあちゃんにとっても良くないし危険なので、デイサービスや訪問介護サービスを少し利用してみようと思う」とA子さんが知らせてくれるまでには、それほど長く時間はかかりませんでした。その後、介護保険を申請したこと、介護サービス利用が開始され、母親やA子さんの介護負担や不安が減ってきたこと、ご祖母さま自身の状態も以前に比べて落ち着いてきたことを教えてくれました。

◆病気の母親の世話をするB子さん
 大学1年生のB子さんは、いつも多くの友人に囲まれているとても明るく活発な学生です。しかし、ある時期から授業が終わると飛び出すように直ぐに教室を出ていくようになり、友人と楽しそうに過ごす時間が少なくなってきました。アルバイトが忙しくなったのか、それとも友人同士で喧嘩でもしたのか? 等と考えながら少し様子を見ていましたが、状況が変わらないので、彼女の友人に尋ねてみましたが、よく解からないとのことでした。
 そこで、B子さんに、最近いつもと違う様子なので心配していること、何か困っていることや心配なことがあったら一緒に考えるからね、と伝えました。その後、「相談にのってくれる?」と彼女が訪れてきて話を聞くことができました。
 彼女は父親と外国籍の母親との3人暮らしをしていましたが、母親がうつ病に罹り、それに伴い持病である「糖尿病」のコントロールが上手くできなくなってしまったそうです。父親は仕事が忙しく母親と関わる時間がとれない状況で、その為、B子さんが食事の支度から家事全般、通院介助、精神面でのサポート等あらゆることを担っていることがわかりました。
 「母親の世話をできるのは私しかいないし、私じゃないと駄目なの」と言うBさんは、休学あるいは退学することも考え始めていました。「母親がうつ病であることや家の中のことは友人に知られたくないし、話したくない」と涙ぐみながら話をする彼女の辛さや心の葛藤が伝わってきます。母親の通院先の医師やソーシャルワーカー・地域の保健所など相談できる場所を伝え、その後も頻繁に彼女の話を聞き、相談役になっていました。しかし、母親の状態がなかなか落ち着かずB子さんは休学の道を選んでいきました。

◆大人たちができることとは
 これまで私が出会ったヤングケアラーに属する数名の学生は、氷山の一角だと思います。
 A子さんもB子さんも、自分が「ヤングケアラー」という認識はなく、その状況を「家族の一員としての役割」と受け止めていました。彼女たちは学業との両立が困難になり、日々の生活に支障が生じても、自分が家族の役に立っているという気持ちを支えに、けなげに家族を支え続けていました。そしてまた、友人との交流を控え、障がいを抱える姉の世話を、「姉は一人では外に出ることもできないのに、私だけ自由に好きなことをするわけにはいかない」と、長年続けていた学生もいました。
 誰にでも、知られたくない事や話したくない事は沢山あります。そして家庭にはそれぞれの事情があり、家族にはそれぞれの想いがあります。家庭というのは他者が介入することが難しく、また他者に覗かれたくない極めてプライベート性の高い場所です。それ故に家庭内の状況は他者には見え難く、また介護の状況やそれに対する思いなどは、本人が話し出さない限り知り得ることもできません。
 しかし、「ヤングケアラー」といわれる子ども達の存在は、個人や一家庭内の問題ではありません。言わないからわからなかった、と済ませることなく、子ども達から発せられているサイン(遅刻・欠席、居眠り、表情・態度や友人関係の変化等)を見逃さないように、注意深く観察を続け、寄り添い、そして見守っていくことが大切だと思います。
 助けを求めることができず、また解決の方法も解らずに悩み苦しんでいる子ども達の心の叫びに気付き、その声に耳を傾けていくことから支援は始まっていくのです。国の施策や制度が早急に整備されることは勿論ですが、まずそれらを身近にいる大人たちが社会問題として捉え、一人ひとりの子どもに対応していくことが大切です。プライバシーに配慮しながら子ども自身の気持ちと意志を尊重し、積極的に関わり合いを続けていくことがいま身近にいる大人たちに求められていることだと思います。