貧困問題

「がんばって、ママ!」―シングルマザーはつらいよ―

ぴっぱら2008年12月号掲載

2008年10月30日、国民健康保険の保険料を滞納したために、無保険となった世帯について厚生労働省から発表がありました。それによると中学生以下の子どもがいる世帯が1万8240世帯、子どもの数は3万2903人に上っているとのことです。

無保険になると医療費を全額支払わなければなりません。そのため受診抑制が起こり、子どもたちが治療を受けられなくなる可能性があるとの指摘がされています。離婚件数の増加により、この「無保険の世帯」には、母子世帯も多く含まれていると考えられます。

ひとり親家庭には医療費助成制度が設けられており、所得に応じて、医療費の一部助成もしくは全額助成を受けることができます。しかし、その実施のための条件は自治体によってばらつきがあり、徹底されているとは言えない状況のようです。

医療費の問題のみならず、景気の悪化に伴い、母子家庭を取り巻く環境は悪化の一途をたどっていると言えます。現在、平均的な母子家庭はどんな暮らしを営んでいるのでしょうか。

◆母子家庭の日常

2006年1月1日現在の状況において、全国の母子家庭1517世帯から回答を得た「全国母子世帯等調査」(厚生労働省)によると世帯年収は平均213万円となっています。しかし、児童扶養手当や生活保護などを含めない勤労収入となると、06年度で171万円、03年度で162万円となっています。

ちなみに年間収入は「100万〜200万円未満」が36・3%で最も多く、「200万〜300万円未満」(26・2%)、「100万円未満」(18・9%)と続きます。一般世帯の平均所得は563万8千円(06年度)ということですから、比較をすると母子家庭はその4割にも満たず、決して充分な生活費を得ている状況とは言えません。

神奈川県在住のユカさん(仮名・29歳)は3年前に離婚し、現在3歳と6歳の2人の子どもを育てています。半年前に、「昼キャバ」と呼ばれる、早朝から夕方の6時くらいまで営業しているキャバクラに転職しました。昼キャバの時給は1500円程度だそうです。

ユカさんは、昼キャバの仕事に就くまでは、洋品店やガソリンスタンドのアルバイト、一般事務のパートなどをしてきました。しかし、それらの仕事はあまり長くは続きませんでした。それにはいくつかの理由がありました。

まず、2人の子どもがかわるがわるに風邪をひいて、仕事を休まなければならないことが続いたこと。時給800円程度の仕事だと、1日休んだだけでも生活に大きく響くことから、ある程度時給の高い仕事でないと生活していけません。

それから、もともとユカさんはアパレル系の仕事でキャリアを積んでききました。しかし、同じ職種を希望しても、勤務が始まるのも終了するのも遅い洋品店では、子どもを保育園に預けられる時間とは大きくずれてしまい、公立の保育園に通わせながら働くのは現実的に難しかったのです。

とはいえ、夜遅くまで預かってくれるような無認可保育園などに預けて働いた場合は、生活リズムが崩れてしまうため、子どもの健康によくありません。「子どもが小さいうちは、自分がやりたいことよりも、優先したいことがある」と、ユカさんは言っています。

また、離婚の理由が相手の借金だったことから慰謝料はなく、養育費も協議で決めたものの一度も支払われたことがないそうです。そのため全収入は、ユカさんの勤労収入と児童扶養手当となります。

日本の母子家庭で、養育費の取り決めをしている世帯は38・8%のみ。そして、正式な文書にしているのはそのうちの63・5%しかありません。あとはユカさんの場合のように、ほぼ口約束という状況なのでしょう。せっかく養育費の取り決めをしても、実際にそれが履行されている家庭はわずか19%。それも、離婚から日数が経っていない家庭が多いということです(『平成18年度全国母子世帯等調査』より)。

このようなさまざまな制約の中、親として果たさなければならない義務もシングルマザーの肩にかかっているのです。ユカさんが昼キャバの仕事にたどり着いたことは、必然性があってのことでしょう。

◆夢と現実のはざまで

ユカさんは、自身の仕事についてこう語っています。「昼キャバに移ってから、時間的にも経済的にもだいぶ楽になった。でも、キャバクラ嬢になったことで、家族(ユカさんの両親と姉妹)からは白い目で見られるようになってしまった。といっても実家が経済的に助けてくれるわけじゃないし、子育てを手伝ってくれるわけでもない。結局は自分が稼いで、育てていかなきゃならないのだから仕方ない。将来的にはアパレルの仕事に戻りたいけど、何年も離れてしまっているわけだから、すんなり戻れるかどうかは不安ですよね」

ユカさんは、過去のキャリアと育児経験を生かして、ゆくゆくは子ども服関係の仕事に就きたいと思っているそうです。特に、デザイナーかショップのオーナーを目指したいという夢があるそうです。

しかしそのためには、専門学校などで勉強をしなければなりません。もしくはショプ店員として、ある程度の経験を積んだあとに独立するという道をとらなければなりません。

専門学校に通うのにはお金がかかります。ショップ店員の場合は、アルバイトだと時給が安く、休んだらそのぶん給料が減ってしまいます。正社員だと時間的な制約もあります。いずれにしても、2人の子どもを抱えて、生活費を稼ぎながら夢を追うことは、現時点では非常に困難であると言えそうです。

ユカさん自身、現実的に何ができて、何をしていったらいいのかまだ分からないと言っています。そのために、今はできるだけ貯金をして、将来に備えたいということです。

「子どもたちが大きくなったら、勉強も仕事もできるうちに思う存分やって、知識やスキルをきちんと身につけた後に結婚したほうがいいよってアドバイスすると思います」と笑っていたのが印象的でした。

◆シングルマザーの就労率

「母子世帯のうち就労している母親は84・5%」この数字を低いと思いますか? 実は、日本の母子世帯の就労率は先進国のなかで最も高いのです。世界の状況を見てみましょう。イギリス41%、アメリカ60%、ノルウェー61%、イタリア69%......女性の社会進出が進んでいると言われているスウェーデンでも70%です(財団法人家計経済研究所編『ワンペアレントファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』より)。

しかし日本の場合、就労しているとはいえ、半数近くが正規雇用の職につけてはいません。「日本労働研究機構」の2001年度の調査でも、正社員・正規職員が42・5%、パート・アルバイトが33・9%、嘱託・準社員臨時・派遣12・5%、自営8・4%となっています(日本労働研究機構『母子世帯の母への就業支援に関する調査』2002年)。不安定雇用の状態にあるお母さんたちが多数を占めているのです。

そのため、NPO団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が調べた『母子家庭の仕事とくらし』(2002年)によると、副業を持っているお母さんが25%もいるということです。

◆「もう少し楽になりたい」

約1年前に離婚したアユミさん(仮名・25歳)も副業を持っているお母さんの一人です。アユミさんの離婚の原因はDV(ドメスティック・バイオレンス)でした。離婚が成立した後もしばらくは生活が落ち着かなかったそうですが、半年ほど前にやっと住居が決まり、仕事も探し始められるようになりました。アユミさんもまた、養育費も慰謝料も受け取っていません。

さて、現在アユミさんは、日中は月曜日から金曜日まで、スーパーでレジ打ちのアルバイトをしています。しかし時給は800円程度。1日8時間労働で20日間働いても、額面で16万円ほどにしかなりません。

これでは、1日や2日子どもの発熱などで休んでしまったら、あっという間に生活費が足りなくなってしまいます。そのため、夜間、近所のスナックで週に3日間働いているそうです。夜の仕事は8時から深夜2時くらいまで、時給2500円程度です。これは月額にすると10万円程度になるそうで、副業というよりは生活を支える立派な柱だと言えるのではないでしょうか。

アユミさんがスナックで働いている間、子どもは近所に住む妹さんの家族が見てくれているとのこと。支援者のいる恵まれた環境だからこそ、得られる副収入でもあります。

「酔っぱらいの相手なのでストレスもたまります。母子家庭になってから、本当に働いてばっかりです。お父さんがいないからという理由で、子どもに金銭的な面で我慢をさせたくないと思っているので、できるだけ稼ごうと頑張っているのですが、これだけ仕事をしていると遊園地に遊びに連れて行ったりもできないですよね」

お客さんの入り具合や、子どもが起きるタイミングによっては、ほとんど一睡もできずにスーパーのパートに行く日も少なくないそうです。

午前中から夕方までスーパーで働き、その後すぐにスナックへ。明け方近くに帰宅し、眠らずに再びスーパーへ。そしてその日の仕事を終えて、夕方帰宅すると、今度は家事が待っています。疲れきった体で食事や風呂などの用意をし、短い団らんのあと、ようやく睡眠。それこそ、倒れ込むように寝てしまうのだそうです。

話を聞いていて、こんな生活を続けていたら体を壊してしまうのではないだろうかと心配になってしまいました。まだ母子家庭になって1年ほどしか経っていないアユミさんですが、「早く再婚して、金銭的にもう少し楽になりたい」と言っていました。金銭面だけでなく、時間のゆとりもなく、精神的にもギリギリの日々。切実な言葉に、アユミさんの苦悩が透けて見えるようです。

◆未来を担う子どものために

さて、そんな母子家庭を支援するために厚生労働省はさまざまな策を打ち出しています。たとえば「自立支援教育訓練給付金事業」。これは、指定教育講座を受けて資格をとった場合に、かかった費用の2割を支給するというものです。

また、看護師のように、資格を取る際に2年以上の時間がかかるものについて毎月10万3000円(12カ月上限・最後の3分の1の期間のみ)を支給する「高等技能訓練促進費事業」なども挙げられます。

これらは、自治体によってはまだまだばらつきがあるものの、昨年度の各都道府県の実施率は、前者については80%以上、後者についても60%以上になり、必要要件を満たして受給することができれば、シングルマザーの大きな味方となることは間違いありません。

シングルマザーは、理想的には制度に頼らず、男性と同等レベルの収入を得られる仕事を持って、自立した母子家庭を営むことを目指すべきなのでしょう。

しかしそれを現実にするためには、男性の育児に対する意識の変革を進めることや、男女の賃金格差の問題をクリアしていくことなど、社会全体として〝変わってもらわなくてはならない〞まだまだ多くの課題が残されていると思います。

離婚件数の増加に伴い、片親の家庭は右肩上がりに増加しつつあります。未来を担う大切な子どもたちのためにも、困っている家庭を社会全体で支援していくという意識の改革が今、求められています。(中山)