社会とかかわる仏教

今こそ、お寺で子ども会を!―お寺はつながりの要となるか―

ぴっぱら2011年9-10月号掲載

◆日曜学校・子ども会の減少

「近所に子どもがいなくなっちゃってねえ」

こんな声が、お寺の日曜学校・子ども会の指導者から聞こえてきます。少子高齢化の進行が懸念されて久しいですが、改めて総務省発表の統計を見ると、昨年(2010年)と昭和25年(1950年)とを比べると、昨年の日本の15歳未満の子どもの人口は、半数近くに減少しているのです。一方、高齢者の人口は同じく昭和25年に比べて7倍近くに増加しています。

「子ども会に来る子が、一人しかいなくてもいいじゃないか。少ないからこそ、どんどんやろう」とは、設立100周年を迎えた子ども会を主宰する指導者の力強い言葉ですが、実際には子どもの減少により、子ども会や日曜学校を休止するお寺は後をたちません。

都市部では人口が多いので、その分子どもも多いように思われます。しかし、古くからの住宅街などは地価が高く、若い家族からは敬遠されがちなため、実際には単身世帯も多く、高齢者ばかりという地域も数多く存在します。また、住民の入れ替わりも激しいため、どうしても地縁は薄くなりますし、檀信徒の子どもに声を掛けるといっても、お寺の近所に住んでいる子どもはごく少数といった状況なのです。都市部では、子ども会を定期的に開催するというよりは、「花まつり」など単発の行事を催す形態にならざるをえないというのもうなずけます。

さらに、都市や地方にかかわらず、指導者の高齢化も日曜学校・子ども会休止の大きな要因となっています。地域に子どもが多かった昭和30年代から40年代頃にかけて、指導の中心的役割を担っていた住職や副住職は、徐々に後任にあとを譲る年齢となりますが、後任の世代が子ども会まで引き継ぐとは限りません。後継者が見つけられないまま、子ども会が先細りになってしまうケースも多いのです。

仏教の教えに守られながら、のびのびと遊び、礼儀や人間関係をも学ぶ場として機能してきた日曜学校・子ども会は、今や指導者の格別の努力なくしては継続できないのが現状です。

◆心強い協力者を得て

それでは、日曜学校・子ども会は、このまま衰退の一途を辿っていくばかりなのでしょうか?
実は、外部の協力者を得たことで、さらに活性化しているという日曜学校がありました。東京都練馬区にある真宗大谷派の寺院、了見寺の日曜学校です。

了見寺では、前住職である井口文雄師が1955年に日曜学校を開設しました。以来、50年以上にわたり、練馬の地で多くの子どもたちに仏縁を結んできました。練馬は、かつてはのどかな都市近郊の田園地帯でしたが、都心への交通網が整うにつれ、多くの住民を擁する住宅地として栄えています。東京23区内でありながら、比較的子どもの人口の多い地域とされています。

了見寺日曜学校に通う子どもたちは、現在30人ほど。指導者である住職の量寿さんに協力するのは、大正大学の児童研究部「クローバー」の部員たちです。「住職さんには信頼をいただいて、自由にやってくださいと言っていただいています」そう語るのは、了見寺担当の主任長である、3年生の大平翔太さんです。

児童研究部では現在、了見寺をはじめ、東京の祐天寺日曜学校、共生日曜教苑、そして埼玉の西福寺日曜教園の4つの日曜学校を拠点に活動しています。約40人の部員は、それぞれの担当教苑を決めて、おつとめにはじまり、ゲームや料理体験、工作などのプログラムを月に1〜2回の頻度で、お寺と連携しながら行っています。

「児童研究部に来るまでは、日曜学校の存在すら知りませんでした」という太平さん。お寺とはこれまであまりご縁がなかったという太平さん自身も、仏教聖歌やお話も担当させていただいて、今やお寺にいると気持ちが落ち着きますと、すっかり馴染んでいる様子です。子どもたちは、おつとめにも積極的に参加しているそうです。

また、定例の活動だけではなく、年に数回は、お手伝いをしている4教苑の寺院関係者と学生が集まり、今後の運営について語り合う連絡協議会がもたれているそうです。

地域も宗派も違う日曜学校同士が交流するのはなかなか珍しいことです。自分たちの教化方針を見直す上でも、子どもの状況を再確認する上でも、貴重な機会であることは間違いないでしょう。

大正大学の児童研究部は、かつては現在の4教苑だけでなく、地方巡回をはじめ、数多くの日曜学校で活動していたといいます。「自分たちが考えたテーマや企画により子どもたちが喜んでくれて、その笑顔を見ることが何よりのやりがいです」と語る太平さん。ほかの日曜学校でも、希望していただければぜひお手伝いをしたいと、意欲を見せてくれました。

このような日曜学校と若者の協働は、運営に関して一つのスタイルを提案してくれるものです。若者にとっても、お寺にとっても、そしてもちろん子どもたちにとっても大きなメリットがあります。特に、保育系や教育系の学生を擁する大学が近くにあるような地域では参考になるのではないでしょうか。

◆みんなで祝う50周年

7月16日、この日は照りつける太陽がひときわまぶしい一日となりました。三重県伊賀市の浄土宗寺院、長泉寺の本堂は、朝から大勢の人でにぎわっていました。長泉寺が運営する「杉の子こども会」の50周年を祝う記念式典が、この日開催されたのです。OBをはじめとする関係者や檀信徒、地域の教育者、そして子どもたちが一同に集い、50周年をお祝いしました。

「皆さんの力があって、この日を迎えることができました。この50年間、地域では非行やひきこもり状態になる子は、ひとりも出なかった。これも地域が一丸となり、つながりの中で、おせっかいをしながら育ててきたからです」

杉の子こども会を立ち上げた長泉寺前住職の角出誠堂さんは、冒頭でこのように挨拶しました。会場のスクリーンを見上げると、50年間の思い出の写真が大きく映し出されています。「あの髪がふさふさの人が私ですよ、皆さんもちろんわかりますね?」との誠堂さんの名解説に、会場からはどっと笑いが起こりました。子どもたちや檀信徒によるご詠歌(えいか)の舞いや、地元高校のブラスバンド演奏など、会は華やかに進行しました。

杉の子こども会が始まったのは1961年のことです。佛教大学を卒業した誠堂さんは、祖父の後を継いで住職となり、まもなく大学の同級生だった()()()さんと結婚。法務に励む一方、夫婦で協力しながら毎週日曜日に子どもたちを集めていたそうです。

長泉寺のある伊賀地方は、俳聖・松尾芭蕉のふるさととも言われ、見渡すかぎり美しい青田の広がる農村地帯です。地域の子どもたちは、小学校まで数キロもの道のりを毎日歩いて通学しており、どの子の顔を見ても見事な小麦色をしていました。1年生から6年生まで、地域には17人の小学生がいますが、全員が杉の子こども会の会員なのだそうです。

「お父さんもお兄ちゃんも私も、みんなお寺に通っています」
小学校5年生の岡澤芽衣さんが、そう教えてくれました。お父さんの英樹さんも、傍らでにこにこと聞いています。

「花まつりに地蔵盆と、子ども会活動とお寺の行事がうまく組み合わされていました。いつも大勢の人に囲まれて楽しかったですよ」と、英樹さんは思い出を話してくれました。

「幸栄子先生からは、いたずらをすると容赦なく鉄拳が飛んできたものです。こわかったなぁ〜」
40代の英樹さんからこんな話が飛び出すことが可笑しく、微笑ましく感じられました。

「おかげでこの地区の子どもたちはみんなきちんと挨拶ができるし、上の子が小さい子の面倒をよく見ていると、学校の先生にも誉められるんですよ」
横から出てきたおばあちゃんが、さらにそう教えてくれました。

◆地域の真ん中には、いつもお寺が

子ども会ではいつもの集いのほかにも、お正月の(しゅう)(しょう)()に始まり、春の花まつり、夏の本堂合宿と親睦バス旅行、地蔵盆、秋の地区敬老会に冬のクリスマス会と、恒例の行事が変わらず続いているのです。

「マンネリが大切なのです」と誠堂さんは言います。「珍しいことばかりやっていたら、お寺に集う目的が催しをすることそのものになってしまいます。同じことを長く続ければ、成長と共に子どもたちに変化が現れる。それこそ、意味があることです」

そして岡澤さんは、芽衣さんと、お兄さんの友哉さんが毎年お寺の合宿で描く「ご本尊様の絵」を見せてくれました。同じご本尊様を描いているなんて信じられないくらい、まったく違う雰囲気の絵が並びます。

「ぼくも毎年描いていましたが、本当に、お顔を見るたびに怒って見えたり笑って見えたり、違うお顔に見えるんです」と、誠堂さんのお孫さんで高校生の隆成さんが説明してくれました。各年齢の心模様が反映されている絵はその瞬間にしか書けないものです。作品は、一家の宝物となっているようでした。

仏さまの前では、敬虔な気持ちで臨むこと。そして、掃除をする時は一生懸命にこころを込めて行うこと......。子ども会で教わったことは、知らない間に積み重なり、自然と身についています。一度きりの催しも楽しいものですが、定期的に集うことの効果を、改めて目の当たりにしました。

長泉寺の地域でも、昔のように、農業を専業として行う世帯は徐々に減っています。農作業を行うため地域での協力が不可欠だった頃に比べると、住民同士が関わらなければならない機会も減っていることでしょう。

しかし、この地域ではつながりは保たれ、時代を超えて子どもの笑顔が再生産されています。かつての子ども会会員は、大きくなってもそのまま壮年会や女性の会、老人会のメンバーとなり、それぞれの活動をするために変わらずお寺に集っています。

「この地域の人は、孤独死はありえないですね」
そのように語る誠堂さんの言葉には重みがあります。お寺がまさに地域の中心になっている光景が、ここにはありました。

杉の子こども会は、数年前より現住職の好隆さんと昭子さん夫妻に指導者のバトンが渡されています。若い力を得たことで、ますます地域の要として頼りにされるお寺であることでしょう。

◆お寺に期待されること

時代の変化と共に、日曜学校のあり方がこれまでのままではうまく機能しなくなったという声を、よく耳にします。しかし、二つの日曜学校・子ども会では地域の特性を活かしながら、協力者を獲得して、長年にわたり着実な教化活動を続けてきています。

いじめや不登校、虐待、そして自死......子どもの問題も高齢者が抱える問題も、根底には同じ源流があるような気がしてなりません。

表向きの平穏や豊かさと相反して、悩み苦しみの多い現代だからこそ、お寺の持つ教化力を子どもや高齢者のために生かしていくべきではないでしょうか。お寺は、いつの世もつながりの要であってほしいものです。そのためには、お寺側の「強い意志」が問われています。