社会とかかわる仏教

子どもたちに平和な世界を!ー戦後80年を迎えるにあたりー

 まもなく第二次大戦終結後から80年を迎えようとしています。総務省の人口動態調査によれば、総人口に占める戦後生まれの世代の割合が9割に迫ろ うとしています。つまり戦前、戦中生まれの方々の割合が1割に減少しつつあるということです。このことは、悲惨な戦争体験した語り部である方々から、その実相を直接に耳にする機会が急速に減っていることを示唆しています。
 本誌においても一昨年から「子どもたちに伝えたい戦争のはなし」を連載しています。執筆者の杉浦正健先生は、昭和9年に岡崎で生まれ、間もなく卒寿・九十歳を迎えられますが、ご本人が小学生の時に戦争を体験されています。アメリカ軍機から投下される大量の焼夷弾によって真っ赤に燃え上がる名古屋の街の姿を、今でもはっきりと記憶されているとのことです。
 燃え上がる炎の下では、どれだけ多くの命が奪われたことでしょうか。戦後生まれの世代には容易に想像することのできない、体験した人にしか分からない悲惨な戦争の実相があることでしょう。戦後80年を迎えようとする今、私たちは語り部の方々から伺い、その実相に対して細心の想像力をはたらかせながら、次の世代に伝えていく責務があるように思われます。日本人だけでも国内外でおよそ300万人、アジア諸国全体では1000万人に及ぶ犠牲者を出した戦争の記憶を決して風化させてはならないのです。

◆すべてを破壊する戦争
 ご承知のように昨年の2月24日に、ロシア軍がウクライナへの侵攻を開始しました。当初は数週間で終結するであろうと予想されていた戦闘は長期化し、ウクライナ軍の反転攻勢により、1年半が過ぎようとする今も、東部ドネツク州やザポリージャ州では激しい戦闘が行われています。ミサイルや砲弾で破壊された都市の荒れはてた姿は、原爆投下後の広島や長崎、そして大空襲後の東京等の都市の姿と重ね合わせることができるのではないでしょうか。
 ウクライナ国外への避難者はおよそ700万人にも及ぶとされており、入国管理局によれば、日本においても昨年3月以来2500人ほどの方々が入国し避難生活を送っています。その内のおよそ400人は18歳未満の子どもたちです。
 全青協は、関連二団体と協働して2020年より「子どもたちに豊かな地球をつなぐキャンペーン」を推進してきました。
 キャンペーンの一環として、三団体では昨年度より日本に避難している子どもたちを対象に、就学一時金の支給と高校卒業までの奨学金供与を開始しています。来る7月29日から三日間、子どもたちを東京と鎌倉に招待し、日本の若者たちと文化交流の機会を持ってもらう予定です。最終日の31日には、子どもたちから直接ウクライナでの出来事や、今、必要とされている支援、そしてそれぞれの夢について語ってもらいます。子どもたちの生きた言葉がより多くの支援者を導き、400人すべての子どもたちに届くものと信じています。
 戦争は多様な意味において、人ばかりではなく地球上のさまざま生命、生きとし生けるものの存在を破壊してしまいます。世界有数の穀倉地帯であるウクライナの地が荒れ果てることによって、一日1ドル以下で生活をせねばならない人びと、特にアフリカの最貧国の子どもたちが飢えに苦しんでいます。
 お釈迦さまは「縁起」の理法に気づき説かれました。すべてのいのちは、時間的にも空間的にも繋がり合いながら存在しています。他のいのちによって生かされいるのが、私たち一人ひとりなのです。ウクライナで起こっている戦闘は、世界中の経済的な弱者の命をも奪い去ろうとしているのです。
 そのことは、数万人に及ぶとされる若いロシア軍の兵士やその家族、子どもたちにとっても同様です。戦争に真の勝者はいないことは、古今東西を問わず人間が共有してきた重要な理解の一つではないでしょうか。

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◆防衛費増額をすすめる日本
 さて、ロシア軍のウクライナ侵攻を受けて日本政府もさまざまな対処を迫られてきました。今、ウクライナで起こっていることは、明日の日本や台湾、韓国などの周辺国で起こる事態かもしれないとの憶測からです。
 ウクライナに対する日本政府からの支援として、去る5月24日に防衛省において、トラックや高機動車などの自衛隊車両約100台を今後提供するとして、セルギー・コルンスキー駐日ウクライナ特命全権大使に目録が贈呈されました。昨年3月以降、防弾チョッキやヘルメット、小型のドローン、非常食3万食などを継続的に提供してきています。
 この機に乗じて政府は新たな「防衛力整備計画」で2023年度から5年間の防衛力整備の水準を、今の計画の1.6倍に当たる43兆円程度を目指すこととしました。6月16日の参議院本会議で、防衛費増額に向けた財源確保法が、自民党・公明党などの賛成多数で可決されたのです。
 防衛省では、初年度に当たる2023年度予算を「防衛力抜本強化の元年予算」と名付けています。これによりますと、2023年度予算の防衛費は過去最大の6兆8219億円で、2022年度の当初予算と比べて1兆4000億円余り増加し、およそ1.3倍となっています。
 特に増加しているのが装備品の維持整備費です。2022年度の1.8倍となる2兆355億円で、このうち反撃能力を行使するためにアメリカの巡航ミサイルトマホークの取得に2113億円が計上されています。2026年度からは、イージス艦にも搭載予定で、その射程は1600キロとされます。これらの予算化によって、憲法違反ではないかと議論されてきた「敵基地攻撃能力」を持つことが可能となったのです。敵基地攻撃能力の保持についての議論は、故・安倍晋三元首相の肝いりで進められてきたものでもあります。
 では、この大規模な防衛費の財源は、どこから来るものなのでしょうか?
 新法の中では、財権確保のために、社会保障費を含む歳出改革や決算剰余金、国有財産の売却など、税金以外の収入を複数年度に渡って活用できるようにするために「防衛力強化資金」を創設することが盛り込まれています。
 また、増税で賄うために東日本大震災の被災地復興のために設けられた「復興特別所得税」のスキームを流用し、同税を1%下げた上で、所得税の納税額に1%の付加税を課し課税期間を延長することとしています。これは、事実上の復興財源の転用であり、野党ばかりでなく与党内からも批判の声が上がっています。
 これらの他に、これまで公共事業に使われてきた「建設国債」の対象を拡大し、施設整備費、艦船や潜水艦の建設費に充てるため4343億円を発行することとしています。「防衛力強化資金」の枠組みの中では、円安によって利益が想定される外国為替資金特別会計の繰入金などで3兆3806億円を計上しており、これらを合わせると防衛関連予算は10兆円を超える規模になります。
 新法のあらまし通りに防衛費が大幅に増額されれば、日本はアメリカ、中国に次ぐ3番目の軍事大国になる可能性が出てきているのです。国民を守ることは、政府として当然の責務ではありますが、守る力としては武力ばかりではなく、当然のごとく外交や市民交流という「対話の力」がとても重要です。日本が80年余り前に戦争に突入した主たる原因の一つは、その「対話の力」を放棄したからではないでしょうか。

◆トマホークより教育へ
 さて、防衛費の大幅増額と同時に議論されているのが、岸田現首相らが提唱している骨太の方針の中での「異次元の少子化対策」です。厚労省の人口動態統計によれば、2022年の出生数が77万人程となり、初めて80万人を割りました。7年連続して減少したことになります。また、出生率も1・26となったことにより、政府もようやくその重い腰を上げたようです。さまざまな少子化対策のメニューを提示するようになってきました。
 岸田首相は「3兆円規模の大幅拡大を目指す」と語っています。その内容と規模は、児童手当の拡充や医療費・教育費などの支援強化に1兆5000億円を追加、幼児の教育や保育の拡充に8000~9000億円を支出、これと併せて育児給付を7000億円の規模で拡充するとしています。子育て世帯の負担を軽減し出生数を上げようとする試みですが、その財源については未だ確かな内容は示されておらず、10月以降を目処に提示するとしています。
 この間にも制度の矛盾点が幾つか見つかってきました。まず、5月29日に政府から扶養控除を縮小するという案が提示されてきました。つまり、現在16~18歳までの子ども一人につき38万円の扶養控除を世帯年収によって廃止するというものです。たとえば、世帯年収が850万円以上の家庭は、たとえ年収制限がない児童手当を年間12万円受給したとしても、結局は損をしてしまうという試算となります。このことは、子どもを育てる財源を確保するために、子育て世帯に負担を負わせようとする矛盾を生み出すことになります。
 また、社会保険料を引き上げることにより、およそ1兆円の財源確保を見込んでいます。社会保険料の引き上げは、高齢者に比べて現役世代の負担が重くなる傾向があります。被雇用者の多くが支払っている保険料には、厚生年金保険料、健康保険料、雇用保険料、40歳から支払う介護保険料があります。
 加入者と事業者が折半で納入することから、加入者本人ばかりではなく特に中小零細企業にとっては、大きな負担となりかねません。実質賃金が30年間も伸び悩んでいる中、保険料負担率が引き上げられれば、ようやく賃上げの兆しが見えてきた矢先で腰折れとなってしまうことが容易に想像されます。  
 政府は財源確保のために医療・介護の社会保障費の歳出改革も実施するとしています。しかし、高齢化が急速に進む日本の社会の中で、過酷な医療・介護の現場への歳出を削減することは、医療介護従事者をはじめケアを受ける側の多くの人びとのQOL(生活の質)をも下げることにつながるでしょう。
 なぜ政府は、防衛費の増額には復興特別税を事実上転用しようとするのに、この少子化対策の具体的な財源を積極的に確保しようと努めないのでしょうか?
 2023年度の文教および科学振興予算の総額は、5兆4158億円です。防衛関係費の6兆7880億円を1兆3600億円余りも下回っています。特別会計などを含めておよそ10兆円にも上る防衛費のおよそ半分ということになります。
 日本の五十年後、百年後を明るい未来にするためには、子どもたちに豊かな日本と地球をつなぎ渡すためには、教育にこそ予算を使うべきなのではないでしょうか。
 政府関係者、与野党の議員には次の選挙のことばかりを追うのではなく、人の真の幸せとは何かについて深く考え、しっかりとした未来へのヴィジョンを持って実行してもらいたく思います。

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◆ 年後を明るい未来にするために
 伝教大師最澄が『』の中でおっしゃっています。
「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心有る人を名づけて国宝となす。ゆえに古人いわく、十枚これ国宝にあらず。を照らす、これすなわち国宝なり」
 物質的な幸せのみを追い求めるのではなく、真の幸せとは何かを深く考え、真理に気づき、戦争のない平和な世の中を創って行くことのできる子どもたちを、社会全体で育てたいものです。