社会とかかわる仏教

あらためて考える感染予防 -「生命中心主義」の生き方とはー

臨床仏教研究所・東京慈恵医科大学 神 仁

◆10年ぶりのパンデミック
 昨年初頭、中国の武漢で明らかとなった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、日本を含めて世界各国へと急速に拡大しました。世界保健機構WHOのテドロス事務総長は、昨年3月11日に、2009年の新型インフルエンザ以来となる「パンデミック(世界的大流行)」宣言を行いました。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の集計によれば、今年6月13日時点で、世界の感染者数は、1億7500万人を超え、死者数はおよそ380万人に及ぶと発表しています。
 日本においても、ダイヤモンド・プリンセス号内での集団感染、クラスターが発生した昨年の2月頃から感染が急拡大し、以来3度にわたる政府による緊急事態宣言が発出される事態となりました。NHKのまとめによれば、6月14日現在、国内の感染者は77万6851人、死亡者数は1万4150人となっています。
 ウイルスが人から人へと感染を繰り返す中で、さまざまな変異種が生まれてきています。ゲノム解析によれば、ウイルスのスパイクタンパク質が変異するもので、それらの主な変異ウイルスは、①イギリス型=アルファ株 ②南アフリカ型=ベータ株 ③ブラジル型=ガンマ株 ④インド型=デルタ株、に分類されています。
 日本国内ではこれまでイギリス型のアルファ株が感染の主流となってきましたが、現在、インド型のデルタ株が急速に蔓延しつつあります。京都大学大学院の西浦博教授は、このデルタ株が、7月中旬に流行の半数、下旬には8割を占めると試算し警鐘を鳴らしています。

◆新型コロナウイルスとは何か?
 では、新型コロナウイルスとその感染症対策について、東京慈恵会医科大学附属病院「標準予防策」等を基にして、改めてご説明をしておきたいと思います。新型コロナウイルスは、人への感染が確認されている7種類のコロナウイルスのひとつです。内、4種類は風邪の原因となるウイルスで、その他は、2003年から流行したサーズ(SARS-CoV1)、2012年から流行したマーズ(MARS-CoV1)、そして今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV2)ということになります。
 感染経路は、「感染」と「接触感染」の2種類となります。「経口感染」は基本的に起こらないことが報告されています。飛沫感染とは、咳やくしゃみ、会話の中で空中に飛散する飛沫を介して感染するものです。目に見えない微細なエアロゾルについても注意しなければなりません。洗面所や手洗い場、エレベーター内に自分一人しかいないことで安心し、マスクを外したことにより感染してしまったケースも報告されています。特にエアロゾルは、密閉された空間の中では3時間ほども空中をただよっているとの報告もあります。
「接触感染」は、手などに付いたウイルスが、目や鼻などの粘膜を通じて感染するものです。ある研究によれば、人が手で顔をさわる回数は、1時間あたり平均で23回とされており、特に子どもは注意をしなければなりません。 
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の初期症状には次のようなものがあります。
①発熱 ②咳 ③息切れ・呼吸困難 ④全身感 ⑤味覚障害 ⑥臭覚障害
 しかしながら、発症者の40%は発熱がないため、新型コロナウイルスに感染したかどうか見極めることは難しく、必ず医師の指導のもとでPCR検査を受けて、診断を仰ぐ必要性があります。また、症状のない潜伏期にある人からの感染リスクがとても高く、発症前の伝播が全体の45%に及びます。感染を広げやすい時期としては、発症前2日から発症後6日までがリスクが高いとされています。
 つまり、自分では感染に気づいていないにもかかわらず、家族や他者に知らないうちに感染させてしまうケースが多いということです。
 ちなみに、環境表面での新型コロナウイルス生存期間は、①プラスチック/72時間 ②ステンレス/48時間 ③ダンボール/24時間 ④銅/4時間 との研究報告があります。さまざまな環境で、ウイルスは長時間にわたって活性状態を保っていますので、正しい知識の基に注意を払いつつ生活することが大切でしょう。

◆感染症予防と新たな生き方
 さて、これまでにも繰り返し言われ続けてきたように、感染対策上重要なことが幾つかあります。感染症成立の3大要素は、①病原体(ウイルス)②感染経路(飛沫&接触感染)③感受性宿主(人)であり、感染予防のためには②の感染経路を遮断することが重要となります。
 具体的には、先ず「密集」「密閉」「密接」という三密を回避することです。多数の人が集まり、閉鎖的な空間で、近距離で人と人とが接し合うイベント等が、政府から自粛要請されてきたことは、この三密を回避するために他ならないのです。また、大人数で酒類を交えながら大声で語り合う飲食の場も、リスクが高いということになります。前出の西浦教授によれば、3密の環境にいる感染者は周りの人に感染させる確率が18・7倍と推計しています。不織布マスクの着用やソーシャル・ディスタンスを保つことも改めて意識しておきましょう。
 さて、間も無く夏休みシーズン、お盆シーズンを迎えます。加えて7月23日からは「東京2020オリンピック」が、8月24日からは「東京2020パラリンピック」が開催される予定です。ワクチン接種が進んできたことも相まって、今夏の自粛ムードは、昨年と一変することが懸念されます。そこで私たち一人ひとりが、改めて今、自分事として、感染症予防対策を考えておかねばなりません。
 そのためには、これまでご紹介してきた基本的な感染症予防対策を徹底していただくことが、この新型コロナ禍を一日も早く抜け出すための王道と言えるでしょう。政府からも「新たな生活様式の実践例」が示されていますので、今後の日常生活を送る上で参考にしたいところです。
 加えて、いち仏教者として申し上げるならば、新型コロナ禍は、「経済至上主義」「人間中心主義」で進んできた、私たちの生き方や社会のあり方を考え直すきっかけを与えてくれたような気がしています。経済的なグローバリズムの進展により、世界は小さく近くなりましたが、新型コロナウイルスのパンデミックにより、安全保障の問題をはじめ、その脆さがさまざまな側面で露呈したよう
に思われます。
「人間中心主義」ではなく、仏法の縁起観に基づく「生命中心主義」、少欲知足を旨とした生き方の中で、真の意味での「社会」を築いて行く時が来ているのではないでしょうか。 合掌

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