社会とかかわる仏教

お寺パントリーはいかが? -生活が苦しい人を「食」で支える-

ジャーナリスト・全日本仏教会論説委員 磯村健太郎

はじめに、少しだけ自己紹介をします。わたしは長く新聞記者を務め、宗教界をウォッチしてきました。とりわけ仏教の可能性に注目し、『ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む』(岩波書店)という本を書きました。フリーランスになった昨春からは、日々の暮らしに困った人を支援するNPOのボランティアにも参加しています。
 そのようなわけで「仏教」と「貧困」がわたしの大きな関心事です。そして、仏教が貧困問題にどのように関わっていくことができるかを考え続けています。ここではまず、貧困問題に触れたいと思います。

◆「1日に豆腐1丁」の現実
 左のページの写真をご覧ください。一部をトリミングしていますが、「1日に豆腐1丁しか食べさせることができないことがありました」と書いてあります。体の大きな孫は空腹で眠れず、気づくと台所でボーっと寝ぼけて立ちすくんでいました......。そのような言葉が続きます。これは、困窮者に食品を渡す活動をしている認定NPO法人「フードバンク山梨」に届いた、お礼の手紙です。事情があって、孫を引き取った方がギリギリの生活に追い込まれていた。しかし、食べ物を送ってもらったおかげで何とか命をつなぐことができたというのです。
 1日に豆腐1丁。あまりにリアルな事実です。新型コロナの感染が広がる前からこのようなことは起きていて、日本では子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われていました。労働政策研究・研修機構が昨年秋におこなった調査によると、ひとり親世帯のうち「大変苦しい」が27%、「やや苦しい」は33%でした。
 いまは、さらに深刻になっているのではないでしょうか。政府はコロナ対策として、低所得のひとり親世帯に5万円の給付金を2度支給しました。しかし暮らしが大変なのは、ひとり親世帯だけではありません。
 子どもの貧困対策に取り組むNPO法人「キッズドア」が、支援を希望する1500世帯に尋ねたところ、電気代などの基本的なお金の支払いができなかった世帯は、ふたり親で37%もありました。貯蓄が10万円未満と答えた世帯も51%です。
 わたしが自己紹介で触れたボランティアは、生活に困った方に食品を手渡す活動です。仲間たちと一緒にパンやバナナ、トマトなどをポリ袋に詰め、列をつくる何百人もの方に次々と渡していきます。しかし、気になることがあります。並んでいるのは、ほとんどが中高年の男性です。このごろは若い男性も増えていますが、それでも女性はとても少ない。あの列に並ぶのは、ためらってしまうのかもしれません。食べるものに困っても、自分でなんとかしようと我慢しておられる女性も多いのではないかと想像しています。
 そのような方たちに手を差し伸べる、なにか良い方法はないでしょうか。

◆「食」によるセーフティネット
 わたしは「フードバンク」にその可能性があると思います。あとで述べるように、寺院との親和性もある活動です。
 フードバンクというのは、まだおいしく食べられる賞味期限内の食品を寄付してもらい、困っている人たちに渡す活動のこと。食品企業は、さまざまな理由で販売できずに廃棄せざるを得ない食品を大量に抱えています。たとえば缶詰がへこんでいたり、運搬用の段ボールが破れたために納品できなかったり、あるいは季節限定品をさばききれなかったり......。そんな理由でマーケットに流通しない食品はとても多いのです。農水省によると、日本での「食品ロス」は推定600万トン。東京都民が1年間に食べる量が廃棄されていると言われています。
フードバンクはそのような「もったいない」を有効に生かす活動です。
 日本で最大のフードバンクは、東京にある認定NPO法人「セカンドハーベスト・ジャパン」(2hj)です。日本を代表するような食品企業やスーパーなどが、食品を寄贈してくれています。集まった食品は、それを必要とする施設や支援団体などに届けられます。
 この団体は「フードセーフティーネット」(食の安全網)の構築を呼びかけています。「食べるものがない」といった、切実な人たちを支える仕組みをつくろうというのです。安心できる生活を営めるように、病院や消防署などはわたしたちの身近にあります。そのような、困ったときに頼れる社会インフラの一つにしたいというわけです。ホームページには次のように書いてあります。
 「誰でもいつでも食べ物が必要なときに、身近で食べ物を手に入れる環境があったら、どれだけの人を助けられるでしょう。諸外国ではこのような場所がいくつもあります」
 緊急的に食品を受け取ることができる場所は、人口840万のニューヨークに1100か所あり、キリスト教の教会も大切な役割を果たしています。一方で、1400万都市の東京には40~50か所しかないそうです。

◆お寺とフードバンクのコラボ
 そこで、わたしは「お寺パントリーを広めませんか」と提唱しています。フードパントリーとはフードバンクの用語で、生活にお困りの方に無料で食品をお渡しする拠点やその活動のことです。実例を挙げながらご説明します。
 人口35万の埼玉県川越市に「川越子ども応援パントリー」という団体があります。さきほど紹介した2hjなどから受け取った食品を、ひとり親世帯などに渡しています。その会場がお寺なのです。1月や3月などの奇数月は天台宗の最明寺、2月や4月などの偶数月は日蓮宗の本応寺で開いています。利用する世帯は約150です。
 わたしは昨年9月に最明寺を訪れました。明るい本堂にテーブルがずらりと並び、たくさんの食品が置いてあります。さんまの蒲焼、缶入りパン、しょうゆ......。白米もあります。ほかにも地元の直売場から提供された野菜もありました。
 仏さまがいらっしゃる本堂は温かい空気に包まれています。やってきた女性の一人は「ふだんはパートの仕事と家事に追われてあわただしいけど、ここではほっとできる気がします」と話していました。
 副住職の千田明寛さんは2015年から1年間、天台宗の開教使としてインドに留学しています。
 「あちらの僧侶たちは、生きている人のためになにができるかを絶えず考えています。孤児院を営んだり、悩みや相談に乗ったり......。葬儀も大事ですけど、これが本来の仏教だと思い、強く惹かれました」
 千田さんはいま、自閉症などの子どもたちの絵画展を開いたり、困窮家庭に食品を送る「おてらおやつクラブ」に加わったりしています。また、「LGBTフレンドリーな寺院」を掲げ、同性の結婚式も挙げています。
 「障害をもつ人、性的マイノリティ、あるいは貧困家庭の方など、どなたでも気軽にいつでも来られるお寺にしたいと思っています。お寺ってもともと、そういう存在だったはずですから」

◆「困窮層」ほど孤立しがち
 そのように開かれたお寺は、生活困窮者にとって心の拠りどころになれるかもしれません。
 川越市が2018年におこなった「子どもの生活に関する実態調査」を見ると、生活が苦しい人ほど孤立する傾向は明らかです。「困った時や悩みがある時の相談相手がいない」という人の割合は、16~17歳の子どもの保護者のうち「困窮層」で約15%もあります。これに対して、特に問題のない「一般層」は4%にとどまっています。ふだんから「開かれたお寺」が身近にあれば、相談相手がいない方がふと思い出し、「ちょっとよろしいでしょうか」と連絡をくれる可能性があるかもしれないのです。
 この最明寺と本応寺はもう一つ、パントリーを利用している家庭のお子さんを対象に、無料の学習教室「てらこや」も開いています。大学生や退職した教員らが勉強を手伝っているのです。教育の機会を下支えするうえで心強いですし、お寺との結びつきを強くすることにもなるでしょう。親御さんの孤立感はやわらぎ、「わたしは一人じゃないんだ」という実感をもつことになるようにも思えます。

◆小規模から始めてみよう
 わたしはこのような活動をするうえで、必ずしもお寺だけでがんばらなくていいと思っています。むしろ川越市の例のように、NPOや市民団体、行政とも手を携えるほうが効果的です。三人寄れば文殊の知恵というではありませんか。異なった分野の方がそれぞれの経験や人脈、アイデアをもち寄ってコラボすれば相乗効果が期待できます。
 生活に困った人たちのために、寺院が食品の受け渡しする「お寺パントリー」。それは実務的な面からも、いくつもの利点があります。
・広い空間があるので、受け渡しの作業がしやすい。
・友引の日は葬儀がないので、その前日に通夜はなく、本堂は空いている。
・換気がしやすく、コロナ対策もできる。
・駐車場があるので利用者が車で行きやすい。また、人目を気にする方も安心できる。
 挙げようと思えば、ほかにいくつも、お寺が適している理由を挙げることができそうです。
 もっとも、「川越子ども応援パントリー」は完成形に近い段階です。これをゼロから始めるのは簡単ではないでしょう。いきなり何百世帯を対象とするのではなく、5世帯や10世帯に手を差し伸べるところから始めるのがいいかもしれません。
 わたしはそのようなことを3月31日、全日本仏教会=全仏=のオンラインシンポジウムでお話しました(その動画は全仏のホームページで公開予定)。当日、視聴された何人かの僧侶からさっそく、「お寺パントリーをやってみたい」との問い合わせがあったそうです。
 具体的な動きもあります。全仏の社会・人権部次長で臨済宗僧侶の坂本太樹さんは、パントリーをおこなっているキリスト教の教会を視察し、「これならできるかもしれない」と思ったそうです。活動は月に1度、約40人が対象。配布の前日に、牧師が車で2hjに食品を受け取りに行き、教会に持ち帰る。それを数人で1人分ずつカゴに仕分けする。当日は牧師が1人で手渡しする――とのことです。
 坂本さんは「各地の寺院の参考になるモデルケースをつくりたい」と考えています。5月13日には東京・目黒区の複数の寺院と一緒に、お寺パントリーを始めるうえでの助言を聞く機会をもうけました。招かれたのは2hjと「フードバンク目黒」のスタッフです。後者は月2回、2hjなどから受け取った食品を15~20世帯に渡しています。
2hjの政策提言担当マネージャー、芝田雄司さんはお寺の可能性について、こう話しました。
 「月1回でもいいので、できる範囲から始めていただければうれしい。将来的に、同じ地域の4か寺が交代でおこなえば、毎週その地域でパントリーが開かれることになりますね」
 フードバンク目黒は毎回、公共の施設を借りて、食品配布をしています。代表の平瀬栄治さんは「わたしたちは場所がネックになっているので、お寺と良い形の組み合わせができればと思います」と、前向きな話をされました。
 もちろん、実現までにはたくさんの課題があることでしょう。どのような人を支援の対象とするか、ということも決めなければなりません。しかし、芝田さんが言うように、できる範囲から小さく始める方法はあるはずです。
 お寺パントリー。いかがですか?