仏教者の活動紹介

世代を超えた笑顔の場づくり ―大聖院―

(ぴっぱら2014年9-10月号掲載)

JR山陽本線、宮島口駅前からフェリーに乗ること10分あまり。穏やかな瀬戸内海を眺めれば、誰もが知る嚴島神社の大鳥居が見えてくる。その後ろには標高535
mの霊峰・弥山をはじめとする緑の山々がそびえ立ち、朱と緑のコントラストが目にまぶしい。

日本三景に数えられる宮島は、古来より〝神の島〞と呼ばれ、その神秘的な山容は人びとの信仰を集めてきた。推古元年(593年)には嚴島神社が創建され、大同元年(806年)には、唐から戻った弘法大師が宮島に立ち寄り、この地で修行を行ったと言われている。

その弥山のふもとに自然豊かな境内を有するのが、弘法大師がこの時開基したとされる真言宗御派の大本山、大聖院である。

大聖院は、宮島の寺院の中では最も古い歴史をもつ。嚴島神社の裏手から続く上り坂を進めば、まずは豪壮な仁王門が参拝者を迎え入れ、石段の先に檜皮葺の御成門、そして諸堂が立ち並ぶ境内地が広がっている。

鳥のさえずりが響く境内には、数々の観音菩薩や七福神などがまつられている。弥山境内には不動明王をまつる「霊火堂」があり、弘法大師が修行を行って以来、1200年以上も消えることなく燃え続けている「きえずの火」が納められ、広島平和公園の平和の灯火の元火ともなっている。

◆仏教をもっと身近に

「私が子どもの頃には、1学年に45人くらいの同級生がいましたが、今では10人くらいでしょうか。若い世代が島を出てしまうことも多く、子どもの数は減っていますね」

大聖院の座、吉田正裕さんはそのように語る。この地で生まれ育った吉田さんが子ども体験道場「小坊主の会」を始めたのは、座主に就任してまもなくの、15ほど前のことだ。

大聖院は元来、檀家をもたないお寺だったという。その歴史を紐解くと、皇室との縁も深く、明治維新までは嚴島神社の別当寺として、数百年にわたり祭を行ってきたという経緯がある。檀家数は現在も多くないが、全国から年間50万人ほどの信者・参拝者が集っている。

火渡り体験.jpg吉田さんは「小坊主の会」を行うにあたり、大聖院を訪れる信者らに手作りのチラシを配ったり、地域の新聞に広告を掲載したりしながら参加者を募った。いまでは、1泊2日のこの合宿に毎年5070人もの子どもたちが集まってくる。

子どもたちに、もっと仏教を身近に感じてもらえたらという吉田さんの願い通り、坐禅に読経、念珠づくりと、「小坊主の会」は宗教色を強く打ち出したプログラムとなっている。なかでも珍しいのが、「火渡り体験」かもしれない。

「もともと弥山は修行の山。当山でも、世界平和などを祈願する火渡り神事を、年に2回行っています。炭の上を裸足で渡る火渡りですが、子どもたち用に特別に整えて体験してもらっています」と吉田さん。保護者からクレームが出るのではないかと思わず心配になるが、「よい経験をさせていただいた」と、喜ぶ声が多いのだそうだ。

子どもたちは緊張しながらも、大きなことをやり遂げたという自信がつくのか、渡る前と渡った後では表情が違ってくるという。そんな「小坊主の会」の参加費は、なんと無料。大聖院では宗派の助成なども利用しながら、僧侶のスタッフ数名とともに毎年8月下旬、子どもたちを迎えている。

◆「宮島てらこや」始動!

「小坊主の会」を始めて数年後、吉田さんは新たなプロジェクトと出合う。不登校の子どものための教育を行っていた精神科医の森下一氏が、神奈川県鎌倉市周辺で始めた「鎌倉てらこや」だ。

「鎌倉てらこや」は、現代の子どもたちに足りない異年齢での集団活動や、自然、歴史、文化、宗教的な経験を提供し、生きる力と豊かなこころを育んでもらおうという活動である。

そして主に寺院を活動場所としながら、大人や宗教者らの協力と助言を得た大学生ボランティアが、実働部隊として運営にあたっている。

坐禅で精神統一.JPG子どもたちが宮島の自然に触れながら、地域の大人やお兄さん、お姉さんに見守られてイキイキと過ごせたらどんなによいだろうか......。広島の青年会議所にも関わっていた吉田さんは、地域の関係者とともに2006年、大聖院を場とした「宮島てらこや」をスタートさせる。いまや全国にその輪を広げている「てらこや」活動だが、宮島は鎌倉に次ぐ2番目の立ち上げ場所となった。

「てらこや」活動の素晴らしさは、子どもだけでなく、若者にとっても学びとなるところではないかと、吉田さんは感じている。多くの人との関わりの中で、否が応にもコミュニケーション能力は鍛えられるし、世代を超えた縦のつながりのなかで、子どもが若者をモデルとして、また、若者が地域の大人たちをモデルとしながら成長することができると、吉田さんは目を輝かせる。

◆世代間の架け橋として

「宮島てらこや」の立ち上げ当初、吉田さんは周辺大学の校門前に立ち、参加者募集のチラシを配ったそうだ。いまでは参加する大学生も増え、50人を超えるほどになった。「宮島てらこや」の合宿春・夏・秋の年3回。頻度が高いため、大学生らは定期的に集って企画会議を行っている。

「最近では、『今回、ご住職にお願いしたいことはこれです!』と、学生たちの方が主導してくれるようになりました」と吉田さん。地元のお店に
お願いして宮島銘菓「もみじ饅頭」の具にいろいろな食材を入れて焼かせてもらう、味比べのコンテストをしたり、ゲームで得点を競い、得点が高いチームが夜のバーベキューで好きな食材を得られるようにしたりと、大学生のアイディアはユニークで、子どもたちにも人気だ。

また、火を起こす体験や、手作りピザを釜から作る経験といった専門性の高い活動には、地元の協力者に講師となってもらっている。ご縁が増えるごとに「宮島てらこや」に関わり、見守る大人が増えていく。子どもは年長者と楽しい時間を過ごしながら、親しみと尊敬の気持ちを持つことができる。吉田さんの思い描く世代間のつながりが、お寺を場として現実のものとなっている。みんなでポーズ!(宮島てらこや).jpg

◆できることを、仲間とともに

かつて弘法大師は、ただ考えるだけでなく、実践することこそ必要なのだと、強く説かれたという。少子高齢化と産業構造の変化によって宮島の若年人口は減っているが、そうした状況を嘆くよりも、仲間を作りながら、できることに取り組むことが大切なのではないかと、大聖院のあり方はわたしたちに教えてくれる。

吉田さんは大聖院での実践ほかにも、宮島観光協会や、山陽・山陰地方の古刹巡礼をすすめる中国観音霊場会、山陽花の寺霊場会などの諸活動に関わっている。また近年では、子ども体験道場のノウハウを近隣のお寺にも伝え、実践し始めているという。

関わっていることが多すぎるので、徐々に整理していけたらと考えつつも、子どもだけでなく、今度は大人のための研修ができたらいいなと、さらなる夢を語る吉田さん。地域の振興を願うとともに、ひとりでも多くの人に仏縁をつなぎ、仏教を心の拠り所にしてもらいたいという願いが、吉田さんを駆り立てているようだ。

地域の人たちの幸せを願う想いは、「きえずの火」のようにとぎれることなく、神の島から少しずつ全国へと、広がり続けることだろう。

アジアはこころで結ばれる 地域の子ども福祉ステーション―社会福祉法人 大念仏寺社会事業団―