仏教者の活動紹介

「創作劇で地域を結ぶ」 ―徳応寺日曜学校―

(ぴっぱら2011年3-4月号掲載)

創作劇で地域を結ぶ

山口県の最西に位置する下関市は、源平の合戦で有名な壇ノ浦をはじめ、歴史情緒豊かな町として多くの観光客を集めている。また市の中心部から車で15分ほどの長府地区は、古くより城下町として栄え、現在でも武家屋敷や練塀が立ち並ぶ風情ある街並みを残している。そんな往時の面影を残した通りの一画に、浄土真宗本願寺派の寺院、徳応寺はあった。
境内に近づくと、子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。徳応寺は昭和28年に長府幼稚園を設置し、仏教精神に基づいて地元の子どもたちを育んできた。また、徳応寺では日曜学校を開設、はっきりと記録には残っていないが、明治時代の初め頃より、み教えの学び所として伝えられてきた。
日曜学校は現在、幼稚園の園長を務める住職の戸崎文昭さんが主宰している。戸崎さんが日曜学校を引き継いだのは、今から25年ほど前のことだ。

日曜学校のあらまし

日曜学校は普段は月に一度、休日の午前9時から11時に開催している。対象は小学生。現在は60名ほどが在籍している。
念珠や聖典を持参してお寺にやってきた子どもたちは、毎回お正信偈(しょうしんげ)のおつとめをし、法話を聴いた後、本堂や境内でゲームをするなどして遊んでいる。また、季節によってはお寺の外に出かけたり、お寺が用意したおにぎりや豚汁をいただきながら、親子で参加する「お月見会」を楽しんだりすることもあるそうだ。
「子どもたちに仏さまの教えを伝えたい。そのためには、子どもたちが喜んで集う楽しい会にしたい」そんな思いで取り組んできた戸崎さんに一つのアイディアが浮かんだのは、日曜学校を引き継いで数年が経った頃。「毎月お寺に通ってきた子どもたちが、6年生で日曜学校を卒業していく前に、何か思い出に残ることができないだろうか......。」そう考えた戸崎さんは、仏さまのお話を芝居にして、卒業記念の創作劇を行うことを思いつく。

仏教説話や童話を中心に

記念すべき初回は、昭和63年に上演された。演目は「月のうさぎ」。
お腹が空いて倒れていた老人を救おうと、動物たちは食べ物を探していました。しかし、何も見つけることができなかったうさぎは、自ら火に身を躍らせて、自分を食べてもらおうとしました......。これは、仏教説話の『ジャータカ物語』に収録されている有名な物話を基とした作品だ。
以降、若き日のおしゃかさまのお姿を描く「カピラヴァストゥの王子」、手塚治虫の『火の鳥』からヒントを得た「八百比丘尼」など、仏教説話や童話などを題材とするオリジナル台本の作品を毎年発表した。劇は評判を呼び、近頃は、毎年子どもを含む300人もの観客が会場につめかけるほどだ。
作品のテーマは、戸崎さんが決めている。仏教的な視点から子どもたちにぜひ伝えたいと思うテーマを選び、台本書きの得意なご門徒にお願いして仕上げてもらっているという。
「かなり難しい台詞もあります。小さな子にはその時分らなかったとしても、後になって思い出して、理解してもらえたら嬉しいですね。だからこそ、心に残るようなテーマを大切に選んでいます」
こうして完成した台本も、子どもたちが稽古をする中で、よりふさわしい台詞があれば変更したり付け加えたりと、柔軟に対応しているそうだ。
「稽古を重ね、台本をたくさん読み重ねていくうちに、子どもたち自身、物語の意図がわかってくるんですね。これはいい、これはちょっと......と、子どもたちからもアイディアがたくさん出てきます」戸崎さんはそう説明する。
例年、本格的な稽古に入るのは台本が完成する1月の下旬あたりから。公演は3月上旬に行われるため、練習期間は1カ月強と、思いのほか短い。
「キャストの子どもたちは、この時期は週3~4日お寺に集まり稽古をしています」そう語るのは、奥様の由弥さん。夕方6時に徳応寺に集合した子どもたちは、まずは本堂でおつとめをし、その後一緒に夕飯をいただく。夕飯の準備は、父兄や近所の方が手伝ってくれることもあるが、基本的には由弥さんが担当する。そして、それから9時近くまで練習、というスケジュールをこなす日々だ。

大切なのは「信頼関係」

子どもたち以外にも、舞台で使う道具類の制作や、衣装、音楽、演技指導に協力するため、この時期は多くの大人も徳応寺に集う。子どもはもちろん、大人にとっても特別な一カ月間であることは間違いない。徳応寺では、一体どのように周囲の人たちの協力を仰いでいるのだろうか。
「40人くらいの方には関わっていただいていると思います。申し出て下さる方、こちらからお願いしている方とさまざまですが、こうしてご協力をいただけるのは、何より、大勢の方にお仲間になっていただいていることが秘訣かもしれません」と、戸崎さんは語る。
お寺の住職は、葬儀や法要の後席に招かれたり、地域の集いに呼ばれて食事を共にしたりということも多い。そんな機会はぜひ大切にするべきで、法務を執り行う以外、門徒信徒や地域の人たちとあまり深く関わりたがらない僧侶も多いようだが、本当にもったいないことだと戸崎さんは言う。
「時間を共にすることで、仏教の話はもちろん、個人的な相談にいたるまで、さまざまなお話を伺うことができます。また、お話をするうちに、その方の関心事や得意分野を知ることができたりもします。『実は日曜大工が得意で......』というお話をいただければ、じゃあ、今度子どもたちのためにお願いできませんか? とお伺いすることもできます。日頃から、信頼関係を築くことが大切ではないでしょうか。何より、おつきあいは楽しいですよね」と、戸崎さんは微笑む。
お寺離れが叫ばれて久しいが、お寺の方から関わりを避けていたのでは、縁が遠くなってしまうのは自明のこと。普段から固く門を閉ざし、すっかり敷居が高くなってしまっているお寺の関係者には、耳の痛い話かもしれない。

仏さまのお話を伝えたい

23回目を迎える今年の創作劇公演は、3月5日に開催される。演目は、新美南吉の童話を題材にした『ごんぎつね』。卒業生は、この春もかけがえのない経験と思い出を胸に巣立っていくことだろう。戸崎さんは、これからもさらによいもの、楽しいものを目指していきたいと考えている。
「劇のテーマを考えることは、自分の勉強にもなっています。知っている話でも、読み込むことでいつも新しい発見があります。子どもたちの演じる舞台を通じて、私も学ばせていただいているのです」ありがたいことに、普段の法話のヒントにもなるんですよとも、笑顔で付け加えてくれた。
お話からは、物事を前向きにとらえ、なにより楽しんで取り組むことが、活動を長続きさせる秘訣なのだと教えられる。少子化の影響や塾通い、ゲームなどの普及により、日曜学校や子ども会を開催するお寺は全国的に減り続けている。お寺が行うさまざまな事業について、戸崎さんはどのように考えているのだろうか。
「創作劇公演も、『仏さまのお話を伝えたい』という一念でやっていることです。お寺や本堂で何かをするからには、このことを忘れてはいけないのでは」と、戸崎さん。劇のほかにも、子どもたちが青空の下で楽しめる新たな催しや、地元のお年寄りが集える場所作りなども考えていきたいと、展望を語ってくれた。
アイディアを語る戸崎さんの眼差しは熱い。日曜学校の運営に協力を惜しまない周囲の方がたも、きっとこうした熱意に惹かれてお寺に足を運ぶのだろう。また、そのお話からは、サポートして下さる方に対する感謝の気持ちが、言葉の端々からあふれていた。「相思相愛」の絆は、いっそう大きな力となって、子どもたちや地域の人たちの笑顔をつくり出していくに違いない。

(ぴっぱら2011年3-4月号掲載)
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