仏教者の活動紹介

早よ咲かんでええの いつか咲くから ―高野山高等学校―

(ぴっぱら2006年2月号掲載)

今もおわす「お大師さま」のもとで

京都の南、紀伊半島を走る山脈は、奈良・吉野を通って熊野へと連なる。春の桜、夏には青空に映える緑、そして秋の紅葉、冬の雪景色と、四季を通じて美しくも厳しい自然に彩られるこの峰々は、日本に仏教が伝来して以来、多くの名僧が修行の場としてきた霊峰だ。千年を越える長い間、山は深い懐のうちに人々の苦しみと祈りを受け入れてきた。今もなお、この山中に救いを求める人は後を絶たない。
その中でも、弘法大師(空海)が開いた高野山は、京都の比叡山と並んで長い間、人々が仏と出会う場となってきた。今では高野山真言宗の総本山・金剛峰寺として信仰されるこの山では、今も「お大師さま」が奥の院におわして、人々を見守り続けていると信じられている。
そのお大師さまの救いは、千年前には想像されなかったであろう悩みを抱える人々にも差し伸べられている。高野山真言宗は、宗派を挙げて、もっとも現代的な悩みとも言うべき、ひきこもりの若者たちへの支援に名乗りをあげているのだ。

宗教の立場から

いまや全国に100万人とも言われるひきこもりの人々。その存在は知られても、内面の悩みや苦しみがなくなったわけではない。多くの人が,自らの現状を変えるきっかけや手助けを求めてもがいている。高野山真言宗は、そんな彼らに宗教の立場で向かい合うことを宣言している。
「核家族化が進み、(中略)家庭でのしつけや教育に関しての問題を抱えています。そうした家庭環境や噛み合わない家族の歯車の潤滑油として、宗教ができることを考えていかなければならないのではないでしょうか」
このように書かれた高野山真言宗のリーフレット。その表紙には「早よ咲かんでええの いつか咲くから」と微笑む人と小さな芽が描かれている。
この宣言の通りに、平成13年には相談電話が開設され、ひきこもりの当事者や親を招いての勉強会も行われた。寺院へのアンケートや、ひきこもりについてのガイドブックの作成など、まず現状を知り、知識や情報を共有して当事者の声を受け止めるところから始められたのである。
現在では、当事者に高野山の霊気に触れながらの下座行(清掃奉仕)を行う会や阿字観の講習などへの参加を呼びかけ、高野山という場を活用しながら当事者のこころが安らぐよう努めている。
さらに、彼らと向かい合える僧侶を育成するため、講習会を開催している。二年かけて「心の相談員」・「スピリチュアルケアワーカー」を養成するもので、今年で5期めとなる。一般の人も参加でき、単なるカウンセリングの知識だけではなく、仏教や密教の福祉思想の理念を学び、こころのケアができるようになることをめざすものだ。

人生の新たなるチャレンジ

このような宗派を挙げての活動の中で、当事者に直接向かい合っているのが、宗派の系列である高野山高等学校である。一部のコースを除いては共学で、一学年150名と比較的小規模だ。高野山の境内に校舎があることもあり、多くの生徒が寄宿舎か寺院に住み込んで通学している。宗教科だけでなく、京都大学への特別進学コースやスポーツコースなどを開設し、生徒の希望に応じた授業体制を特色とする、一般的な私立校だ。
その在校生の中に、不登校の経験を持つ生徒が何人もいることに添田隆昭校長が気づいたのは、平成12年ごろのことだ。自らも僧侶である添田さんは、友人に頼まれて自分の寺で不登校の子どもを預ることになった。うつむいて相手の顔も見られないような子だったが、繊細ながら素直で気配りがきく。その子と接していくうちに、「不登校とはこういうものなのか」と気づかされたという。
そこでふと「もしかすると生徒の中にも......」という思いがわいて調べてみると、何人も「もと不登校」がいた。校長も改めて調べなければわからないほど、彼らは高校生活に溶け込んでいたのである。その後、中途退学した子もいれば、卒業して大学や専門学校に進学した子もいた。
「福祉のコースでヘルパーの資格を取った子も何人もいます。自分もこころの痛みがあるだけに、福祉などに向いているのではないかと私は思っているんです」という添田さん。
「本校の何がよかったのか、本当の理由はわかりませんが、ひとつ考えられるのは、寄宿舎か寺院に住み込みという生活環境です。ここに来れば、もとの学校の教師やクラスメイトなど、これまでの人間関係から切り離されます。特に親子の環境が変わることによってうまくいくのではないでしょうか。環境が変わることで、人生をリセットするというか、こうありたいと願う本来の自分になれる場所になっているのかもしれません」と語るのは、添田さんを傍らでサポートする教頭の岡本彌久さんだ。

早よ咲かんでええの いつか咲くから

不登校の子どもに「選ばれて」いたことに気づいた添田さんと学校側は、その後、積極的に不登校の子どもたちと向き合い、受け入れるようになる。ホームページで呼びかける一方、寺院からの紹介でやってくる子もいた。
積極的に不登校経験者に呼びかけるとはいえ、彼らを特別扱いはしない。保健室登校や適応教室の設置などもせず、専門のカウンセラーさえ置かずに、専門知識のある教師が相談に乗るという。
「カウンセラーがいたら、どうしても他の教師は頼ってしまいがちです。小規模な学校ですから、教師全員が生徒の様子をよく見て、常に生徒に目を向けていることが大切だと思っています」
誰がもと不登校であったかを知っているのは校長や教頭・担任など一部の教師のみ。本人が自分で言わない限り、他の生徒と何ら変わらない高校生活を送ることができるのだ。まさに「人生をリセット」できる環境を整えている。
しかし、環境はリセットできても、リセットできないものもあるのだろう。これまでに3―4割の生徒が中途退学していった。寮でいじめられたと訴える子、5月の連休に帰省したままの子――。「入学時には3人の教諭との面接で入学するかどうかを決めますが、お見合いのようなもので、どうしても合う合わないはあります」という添田さん。冷たく割り切っているのではなく、無理に学校に合わさせることが、いかに彼らを傷つけるかを知っているゆえの言葉だと感じられた。
また、親のあり方も大きくかかわっているようだと添田さんは言う。親が「本人主体」というあり方を取れるかとれないかで違ってくるのだそうだ。「自分を大切にできるのは自分しかいないのです」という添田校長。そうできる環境を整えることが大人の役割だということなのだろう。
否、大人はそれしかできないし、それ以上してはいけないのではないだろうか。お大師さまが奥の院からじっと見守っているように、あるいは高野の霊山が人々の祈りや苦しみを受け入れてきたように、「早よ咲かんでええの いつか咲くから」という思いを胸に、ひたすら見守る。それこそが、悩み苦しむ子どもや若者にとっての救いの始まりなのかもしれない。(渉)

(ぴっぱら2006年2月号掲載)
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