仏教者の活動紹介

子どものために命を張って ―高信寺―

(ぴっぱら2004年11月号掲載)

平和への祈りの寺

「な・む・き・みょう・ちょう・らい・だい・にち......(南無帰命頂禮大日......)」
真剣に経文を唱える母親の声が本堂に響く。スクワットにも似た苦しい動きの礼拝を百八回も繰り返すと、小さな母親の背中は汗でびっしょり。起き上がるたびに、膝はがくがくと震えている。この苦痛を通して、親としての欲を捨て、わが子と自然に接することのできる心が少しずつつくられていく。
禮拝行(らいはいぎょう)と呼ばれるこの苦行によって、わが子を不登校やひきこもりの苦しみから救おうとする親の心のリハビリを行っているのは、広島市の中心地にある高野山真言宗・高信寺だ。
平和記念公園の近く、100メートル道路を挟んで中国新聞社の向かい側にある高信寺は、原爆で家族を失ったひとりの婦人の寄進によって、1960年に建てられた寺。永年にわたり、平和祈願、原爆犠牲者の供養を続けていることでも知られている。
4階建てのモダンなビルは1992年に建て替えられたもの。1階と2階が高信寺、3階と4階は「世界平和人類和楽祈りのセンター」となっていて、「祈りの殿堂」と呼ばれる広間や瞑想室などがある。
「政治、宗教、またさまざまな主義主張の違いを超えて、世界平和と人類の幸せを純粋の祈るための殿堂を広島に築こう」という市民有志の声に応え、高信寺の佐藤住職が建設場所として寺の敷地を提供したために、このようなつくりになっている。

親のカウンセリングから

高信寺が不登校やひきこもりの子どもたちのために心のケアを本格的に始めたのは、佐藤住職の二男・丈倫さんが副住職になってからだ。
「檀家のお子さんで、精神的なショックから言葉が上手くしゃべれなくなった女の子がいたのですが、お母さんから相談を受け、カウンセリングを行うようになったのが最初です。その後、人づてに相談者が増え、7年間で約20組の親子とお付き合いさせていただくことになり、現在も4組の親子のカウンセリングを続けています」
丈倫さんがカウンセリングを行うようになってわかったのは、不登校やひきこもりなど、心の迷路に迷い込んでしまう子どもたちは、ほとんどが子ども本人よりも、むしろ親の方に問題があるということだった。特に生真面目で几帳面、完璧を求めるような親にその傾向は強い。
親は、どうしても自分の思いで子どもを抑えつけてしまう。子どもは親の要求に応えようと一生懸命に努力するが、親が求めるレベルには到底及ばない。親は「なぜ、こんな簡単なことができないのか」と怒り、子どもは「一生懸命に努力しているのに、どうして怒られるのか」と不満がたまる。こうしたことの繰り返しによって、子どもはどんどん萎縮してしまい、最後には心を閉ざし、不登校やひきこもりになってしまう。逆に逃げ場を失った子どもの反発心が暴発すると、家庭内暴力や非行、暴走行為などに発展してしまう。
丈倫さんは、「まず、親のカウンセリングから始めなければ問題は解決しない」という。
禮拝行や坐禅を通して、親が親としての欲を捨て、子どもに対して命を張ってでも守るという覚悟を持ってもらうことがいちばん。そして、子どもをそっと抱きしめてあげることができるようになったら、問題は少しずつ解決の方向に向かっていく。

特攻服にお清めを

丈倫さんは高信寺の副住職を務めるかたわら、真言宗智山派・妙流院という寺の住職も兼務している。妙流院は、高信寺から車で20分、街の中心から少し離れた山の中にある。境内からは街の中心が一望でき、また、周囲には森や田んぼが残っているため、緑とおいしい空気がたっぷり味わえる。
カウンセリングは主に高信寺で行っているが、自然の中でゆったりとした気分になってもらった方が効果的な場合には、妙流院に来てもらうこともある。庭のベンチに腰掛け、話していると、自然に心を開いてくれることがあるいう。
丈倫さんがカウンセリングを行った子どもの中に、暴走族に入った不登校の少年がいた。特攻服を持ってきて、「バイクで事故を起こさないように、お清めをしてくれ」と言うような少年だったが、親も含めた長いカウンセリングを続けることで、なんとか高校に進学することができた。最近、「高野山大学に行きたい」という知らせが届き、驚いているという。
この少年がここまで変化した裏には、大きな理由があった。実は、少年と対峙した丈倫さん自身、中学・高校と不登校や家庭内暴力、自殺未遂などを何度も繰り返した経験があるのだ。
「当初は、自分の過去を相手に語る勇気がありませんでした。しかし、本気で心の闇と闘っている子どもや親をみていると、うわべだけのカウンセリングにはなんの意味もなく、説得力もないことを思い知らされました」
こうして、丈倫さんは自身の闇の部分をカミングアウトし、より深い絆で相談者と対峙できるようになっていった。また、丈倫さんには10年近いサラリーマンの経験がある。その間、難しい人間関係や人生の不条理など、ひと通りのことは体験してきた。そのため、子どもと親の双方の立場からものごとをみることができ、適切なアドバイスができるのも強みだ。

「落ちこぼれ」たちの寺子屋に

丈倫さんは、高野山が主催する「心の相談員」の第2期生。カウンセリングに必要な幅広い知識と経験をもっているが、それでももの足らず、臨床心理士の大塚秀高さんのもとで毎月2回の勉強会に出席している。
「寺子屋、駆け込み寺のような存在になりたいと思っています。従兄弟夫婦が少林寺拳法や太極拳、ピアノ、ギター、英会話などを教える塾を開いているので、その塾と提携して、いろんな面から子どもたちの心のサポートをしていきます。落ちこぼれた子どもたちを救う塾がないので、その役割も担えればと思っています」
10月19日に開設された全国不登校・ひきこもり対応寺院ネットワーク「てらネットEN」にも参加、今後も積極的な活動を展開していく。
「本当に子どもを救うのは親なんです。私たちはそれを手助けするだけ。親が親となれるようにするのが私の役割だと思っています」と微笑む丈倫さん。その笑顔に見守られながら、今日も親たちは禮拝行にいそしんでいる。(平)

(ぴっぱら2004年11月号掲載)
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