財団法人
全国青少年教化協議会

〒104-0045
東京都中央区築地3-7-5
 築地AIビル5F
TEL:03-3541-6725
FAX:03-3541-6747

Copyright
The ZENSEIKYO FOUNDATION
for youth and child welfare
All Rights Reserved.

―教界散歩2001―


■寺の枠にとらわれずに  ―神宮寺―

さまざまな活動の中から

 どこか上品な趣のする松本城を横目に、北へと車を走らせると、由緒ありそうな宿やホテルが建ち並ぶ温泉街が現れてくる。湯煙の香る浅間温泉だ。その街並みから少し外れたところに、神宮寺はある。こぢんまりとした印象のする、いわゆる寺らしくない寺だが、その外観からは想像もつかないほど多彩な活動がここでは行われている。
 神宮寺は寺としてのあり方からしてユニークだ。スタッフや住職の給料はもちろん、寺の運営に関するすべての経理を公開し、新しい葬送や墓のありかたを提唱している。檀家からの年会費は、季刊誌「僧伽」の発行という形でほとんど相殺されてしまうという。また、神宮寺の中に置かれた「尋常浅間学校」は、永六輔氏を校長に、無着成恭師を教頭に迎えて1997年に開校した。以来、講演や対談、コンサートなど40回以上の「授業」や「特別授業」に、のべ1万6000人が出席している。
 住職の高橋卓志師は、さらに、長野県NPOセンターの代表をも務め、NPOという新しい活動形態の可能性を追求している。そしてまた、アクセス21という組織で、タイのHIV感染者への支援の一環として、現地の感染者の手で作務衣を製作して日本で販売する活動を始めるという。これは住職の妻・正子さんが中心となって進められているそうだ。
 高橋師が提示して下さった「神宮寺機能図」は、寺と住職が中心となって縦横に矢印がのびていて、寺を拠点としながらも、その枠にとらわれずに実にさまざまな活動が行われていることを物語っていた。

ただ受け止めて
 「ついこの間まで、24歳の女の子が一緒に生活していたんですよ。家族じゃないですけどね」
 こんな話が何気なく出てきた。チャイルドラインという、子どもたちの声を聞く電話相談の活動に関わった中で、高橋師に相談にやってくる若い人がいる。「自殺したい」と夜中でも電話がかかってくることもあるし、さまざまな事情から一時的に神宮寺に「避難」して、しばらく生活を共にすることもあると言う。
 「カウンセラーや精神科医などの専門家に相談もしていますが、できるだけ彼らの気持ちをそのまま受け止めて聞くようにしています」
 悩みや問題を抱えた他人を、生活の中で受け入れていくというのは、それだけでも並大抵のことではないだろう。さまざまな活動を積極的に広げながら、そのような難しいこともさらりと受け入れている。「いろいろと大変なんですよ」と言いながらも、その笑顔は活力に満ちていた。
 神宮寺の活動はあまりに多岐に渡っていて、住職夫妻とスタッフ4名で運営されているとはとうてい想像できない。それらの活動すべてに住職は直接関わり、把握している。「ご自分の中で混乱しませんか?」と尋ねると、「そんなことはないですね」と即答された。本当にしたいこと、求められていることがはっきりと見えていればこそだろう。そしてそういった、確固とした思いに基づいて生きるさまが、若者たちからも信頼されているのかもしれない。(内藤)

(ぴっぱら2001年5月号掲載)

※神宮寺Website http://www.jinguuji.or.jp/index2.htm


■地域とともに歩む  ―法田寺―

子どもたちとともに
 ひっきりなしに車が行き交う国道をたどっていくと、ふいに「天竺」の文字の看板が目に飛び込んできた。神奈川県川崎市、JR平間駅から5分程歩いたそこが日蓮宗法田寺だ。「天竺釈迦堂」と書かれた建物の入り口には、子どもたちの自転車が数台整然と並べられ、10足ほどの靴が揃えられている。中からは時折威勢のいいかけ声が聞こえてきた。
 寺の敷地内にある釈迦堂に空手道場が開かれるようになったのは、10年ほど前、岸顕雄住職の息子さんが受けたいじめがきっかけだった。自らを守り自信をつけるために空手を習わせようとしたところ、先生から「せっかくだから寺という場を使わせて欲しい」という申し出があったのだという。
 「正座をしたり、返事や挨拶をきちんとすること。汚したら掃除をすること。そういった規律は仏教と相通ずると思う」と岸住職は言う。場所をただ貸すのではなく、寺との共催という形をとっているのは、「お金で貸し借りするのは嫌だったから」ということらしい。住職のこのようなスタンスは、この空手道場のみならず、寺とリンクした組織「でんでん虫」が行うさまざまなイベントにも共通しているように思われた。

檀信徒だけでなく
 前住職が亡くなった二年前、岸住職の入寺式を準備した実行委員会が母体となって、地域の人と壇信徒が一緒に運営する組織「でんでん虫」は生まれたという。「檀信徒ではない地域の人間も、気兼ねなく寺に顔を出したい」、そんな友人の声が「でんでん虫」発足のきっかけだったそうだ。
 当初は壇信徒のみで組織しようという話もあったが、「現在、年3000円の会費を払っている会員のうち9割は壇信徒ではないんですよ」というから、地域に門戸を大きく開いたのは正解だったようだ。
 現在、でんでん虫が主に行っているのは、春の花祭りと秋のお会式、そして夏の納涼会だ。花祭りとお会式は、子どもたちが参拝する法要を始め、縁日のように食べ物やゲームなどの出店が出る。壇信徒やでんでん虫の会員のみならず、子どもも大人も集う地域のイベントなのだ。どちらも、最後に行われる住職とのジャンケン大会が子どもたちにとても人気なのだという。一方、納涼会は会員中心の焼き肉大会で、これが楽しみで会員になる人もいるのだそうだ。
「空手道場は息子のご縁、でんでん虫は亡くなった父のご縁」という岸住職だが、いずれも「お経ではなく、会話で人とつながっていきたい」という住職の思いによって続いているように思われた。
 また、でんでん虫を通じてつながりが深まっている地元の商店会や消防団・自治会などと協力し、何かイベントがある度に気軽に備品や場所・人手を貸し借りしているのだという。都会ではあまり見られないような地域との密着。しかし、これが本来の寺院のあり方なのだろう。空手の稽古を終えた子どもたちの「住職さんさようなら」という声が境内に響くのを聞きながら、そう感じた。(内藤)

(ぴっぱら2001年6月号掲載)

※天竺 釈迦堂(法田寺) http://www.jisc.co.jp/houdenji/


■自分作り・人作り・地域づくり ―宝蔵寺 筏の会―

人生をいきいきと
 茨城県猿島郡三和町――中仙道沿いに開けたかつての宿場町に、宝蔵寺は地域社会の核として存在している。住職の湯澤宥宏さんは在家の出身。母方の実家がお寺だったことから、2年間のサラリーマン生活を経て得度し、縁あって宝蔵寺に入山することとなった。
 その後、「いきいきと人生を歩みたい」という思いを強く抱いていた湯澤さんは、地元のJC(青年会議所)に加わり、青少年研修や環境問題などに精力的に取り組み始める。
 「JCには会の運営に関して、すべてのメンバーの意見を聞くシステムがあるんですよ。会議に欠席した人がいれば、電話をしたり自宅を訪ねて行ったりして、メンバー全員の意見を汲み上げるようにしているんです」
 思いを同じくする仲間と共に行動することの大切さや楽しさを、9年間の活動の中で湯澤さんは学んだという。その実感は、「自分の資質の向上は、他人の資質の向上と共にあるんです」という、ご本人の言葉に表れている。

人とつながること
 やがて湯澤さんは、お寺の中でも仲間と共に行動したいと思うようになった。地域の友人などに呼びかけ、平成7年に壇信徒青年会「筏の会」を発足させることになる。そして、会の設立にあたりこんな目的を掲げた。
 ・仏教の教えを基本にして人生を楽しむ
 ・個々の資質の向上をはかる
 ・地域の人々の心を清らかにする
 ・地域社会の文化の向上をめざす
 ・寺門の興隆に寄与する
 「人がだんだん地域社会と関わらずに生きるようになってきていますが、それでは人生のほんとうの豊かさは生まれません」
 人はさまざまな縁の中で生かされているのだということを、湯澤さんはさかんにうったえる。語り口調はとても穏やかだが、仏教の基本である「縁起」という理を日常生活の中で体現しているようだ。
 その思いは「筏の会」のさまざまな活動の中に生かされている。ジャズ・ミュージシャンをゲストに迎えて行う「弘法大師をたたえる夕べ」(6月)、一泊二日で行う「わくわく寺子屋道場」(7月)、宗教者の対話の場である「宗教フォーラム」(11月)など、人と人のつながりを深めるさまざまな行事が、会のメンバーによって運営されている。
 「わくわく寺子屋道場」は、「子どもたちの中に思いやりの心を育てたい」という願いのもとに、地元の小学生を対象にして開催されている。5回目をむかえた今回は、30名ほどの子どもが参加し、読経、坐禅、紙芝居、ネイチャーゲーム、そば打ちなどを行った。二日目の最後には発心式が行われ、仏とのご縁が結ばれた。
 「子どもたちはとてもパワフルですよ。テレビゲームや小遣いを持たなくても、みんなとても楽しそうです」「今の親は子どもの言葉に、ダメ出しばかりをします。褒めることをもっと大切にしないといけませんね」と、湯澤さんは、現代の親子関係について指摘する。
 「高校生になった寺子屋の卒業生が、弘法大師をたたえる夕べに参加してくれたんですよ」と嬉しそうに語る湯澤さん。自身が目指す「自分作り・人作り・地域作り」という思いが着実に実りつつあるようだ。(神)

(ぴっぱら2001年8月号掲載)


■あそぶ・まなぶ・まじわる ―けやの森自然塾―

求められる自然体験
 埼玉県狭山市――全国有数のお茶どころである狭山に、20年以上前から自然体験を中心に教育を行っている「けやの森学園」という幼稚園がある。春はさつまいもの植付けや花の栽培、夏は川遊びや山登り、秋は自然ハイクやいも掘り、冬はスノーキャンプなど、一年を通してさまざまな自然体験型のプログラムを実践してきた。
 「けやの森自然塾」は、「卒園後も自然体験活動の場を……」という、「けやの森学園」を卒園した子どもの父母らの思いに応えて、平成四年に設立された寺子屋である。代表の佐藤朝代さんは、幼稚園の副園長も兼ね、さらにはお寺の切り盛りと一人三役の大活躍だ。「卒園生だけではなく地域社会に自然体験の面白さと大切さを伝えたい」という願いが実り、会員数はおよそ100名にまで増え、一昨年にはNPO法人格を取得した。
 自然塾の活動のキーワードは、「あそぶ・まなぶ・まじわる」の三つ。子どもたちは四季折々の身近な自然の中であそび、時には冒険活動をすることによって、日常生活では味わうことのできない不自由さを体感する。その中で、生まれ持った感性がしだいに磨かれ、仲間とまじわりながら互いに助け合うことの大切さを学んでいく。
 「豊かな経験があれば、子どもだけでも困難を乗り越えるためにどうしたらいいか決定できるようになります。保育者は、大きな間違いがないよう補佐をするだけです」と佐藤さんは語る。その言葉から、教育というものは大人が子どもに知識をおしつけることではなく、子どもたち自らが実体験を通じて生きる智慧を獲得していくことだ、とのメッセージがうかがえる。

新たな教育のプロトタイプ
 自然塾の子どもたちは、月に一度、林や川など身近な自然の中で遊び、春休みや夏休みになると海や山での冒険キャンプに参加する。春の「スノーキャンプ」では、エスキモーの家を模したイーグル作りや、クロスカントリー、チュービングといった「遊び・体験」活動のほか、かんじき作りやアイスクリーム・バター作りなど「生活」に直接つながるプログラムも設けられている。また夏には、新潟から佐渡まで8時間かけて大海原を横断する「佐渡カヌーキャンプ」や、幼稚園児も参加する「富士登山キャンプ」などを行っている。
 自然塾のパンフレットの冒頭に、こんな言葉が書かれている。「机上の教育、テレビゲーム、学力偏重社会・・その中で子どもたちは多くのものを失いつつあります。友達との協調性、素直な感受性、豊かな想像力といったものは、現代教育システムの中ではなかなか得られません。それらを子どもたちに自然の中で学んでいってもらいたい――」。
 佐藤さんら自然塾のスタッフばかりでなく、多くの大人が同様の思いを抱いている。それは、文部科学省が進めようとしている教育改革で、自然体験の必要性が盛んに議論されていることからも明らかだ。しかし、一般的にはその具体的な形が茫洋として見えてこない。「けやの森自然塾」は、社会に対してそのプロトタイプ(原型)の一つを提示しているように思われる。(神)

(ぴっぱら2001年9月号掲載)

※けやの森自然塾 http://npo-shizenjuku.tv/


■苦しみに学ぶ ―浄土宗寿光院―

市民団体のたまり場として
 レンガ作りのチベット寺院――寿光院を初めて訪れた人は、おそらくそのような印象を抱くに違いない。あるいはそれが寺とは気づかずに素通りしてしまう人もいるかもしれない。かすかに見える建物の屋根には、発電用の太陽光パネルが取り付けられ、入り口の脇に「市民立江戸川第一発電所」という標識が立っている。寿光院と足温ネットという環境系の市民団体(NPO)が協働して、この発電所を運営している。
 寿光院を場として活動を展開しているNPOは足温ネットの他に10以上もある。「江戸川たすけあいワーカーズ・もも」、「荒川クリーンエイド」、「市民外交センター」、「江戸川生活者ネット」など、活動分野の異なるさまざまな団体が、行政ではカバーできない細かな公共的活動を行っている。
 その内、「荒川クリーンエイド」は、現在子どもたちに対する環境教育に力を入れており、都市を流れる荒川の環境美化運動を通じて、子どもたちの情操を育んでいる。また、「江戸川たすけあいワーカーズ・もも」は、核家族化が進み孤立する若い母親を支援するために、育児支援サービスを行っている。介護サービスと並んで、会の主要な事業になっているようだ。

「苦集滅道」を生きる 
 寺が市民活動に関わる意味について、住職の大河内秀人さんは次のように語る。
「地域に根ざしたさまざまなNPOと関わることによって、いま何が社会の問題になっているのかが良く分かってきます。それは、寺という隔離された環境の中では、なかなか見えづらいことなんですよ。お釈迦さんが説いた「苦・集・滅・道(=四諦)」という真理の「苦」を現場で感じることによって、仏教者として自分がいま何をすべきかが浮かび上がってくるんです。
 いまは地域社会が人に対するケアーの力を失っています。そこには人間関係が分断されている「苦しみ」があるんですね。一人暮しのお年寄りや、育児で悩む若い母親の受け皿を誰かが作っていかないといけない時代なんですよ」
「苦」から出発する物事の見方は、確かに仏教本来の世界観であり、物質的に恵まれた現代人が最も忘れている点であろう。「四諦」という真理に基づくならば、「苦」を物質的・感覚的な「楽」によってごまかしても根本的な解決にはならない。
「苦」に対して深い認識を持ち、それを「道」によって超えていくことによって、真実の安らぎの世界へいたることができる。大河内さんは、地域社会の「苦しみ」に一つずつフォーカスを当て、市民活動という「道」を通じて、地域の人を安らぎへ導く菩薩行を行っているように見える。 
「いまの仏教は形が優先され、仏教のための仏教になっています。しかし本来は、人のための仏教であるべきです。人が縁起の世界を感じ感謝をもって社会で生きていけるような人作りをする場が寺ではないでしょうか。そのためには仏教の形を現代社会にあったものに変えていく必要があります」と、大河内さんは語る。その言葉の中には、形骸化して時代の要請に応えることができなくなった仏教は、やがて滅びていくのだという意味が込められているのだろう。
 チャイルドラインや時間外保育など、さまざまな活動を大河内さんは今後も進めていくようだ。現代社会の中で、人のための仏教を追い求めるその姿に心からエールと拍手を送りたい。(神)

(ぴっぱら2001年10月号掲載)