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■「仏教者としての平和像」を考える集い

 9・11テロを契機に、仏教者として何をすべきかを考えようと、宗派を超えて集った青年僧侶たちのよびかけで企画されたのが「仏教者としての平和像」を考える集いです。昨年9月に1周忌法要とシンポジウムを行い、「学び足りない」という思いから、学習会の連続開催が決まりました。
 平和な社会を実現するために仏教者は何ができるのか。すでに終了した勉強会の内容についてご報告します。

★また、この活動を行っている実行委員を中心に、「平和を学び・考え・願う仏教者の集い」が生まれました。活動の詳細は、HPをご覧下さい。

第1回勉強会
◆アフガニスタンの現実を知る
           
講師:長倉洋海氏(フォトジャーナリスト)

長倉洋海さん 世界に衝撃を与えた9・11同時多発テロ。悲しく衝撃的なこの事件を契機に、誰もが、自分はどう考え、何をすべきなのかを模索しています。
 そんな中、『仏教者としての平和像を考える連続学習会』が、2002年12月13日に東京・築地本願寺伝道会館の一室で行われました。
 第1回の講師は、世界の紛争地で人々の素顔を取材してきたフォトジャーナリスト・長倉洋海氏。特に、同時多発テロの直前に暗殺されたマスード司令官を、足掛け17年・計250日もの間生活を共にして撮り続けてきた氏に、アフガニスタンの過去と現在を語っていただきました。

世界に見捨てられた国
 「アフガニスタンは世界から見捨てられた国でした」と長倉さんは語り出しました。当時のソ連がアフガニスタンに侵攻して10年、その後の内戦が12年。長い戦争や旱魃が続いて人々は疲弊し、苦しんでいたのに、世界はこの地の人々をずっと顧みてこなかったのです。
 「アフガニスタンのほとんどの人は、平和を願っています。ごく一部の人のみが武力で国内を制圧したいと考え、そこに、彼らを利用しようと、さまざまな思惑を持った周辺国が内戦に介入しているのです」

民族対立ではなく
 これまで、アフガン内戦は民族抗争だと報道されてきました。しかし、「民族が違うから戦っているのではなく、周辺国が利用しようとしているのです」と長倉さんは強調します。
アフガンの地図を見ながら アフガニスタンには、パシュトーン・タジク・ハザラ・ウズベク・トルクメンなどの民族がいます。周辺には同じ民族のいる国があり、それぞれの国がアフガニスタンに影響力を強めようと介入しているのです。特に、インドとの対立構造や、パシュトーン人が多く住むことから、パキスタンが深く介入していると長倉さんは言います。
 実際には、アフガニスタンの人々は民族にとらわれることなく結婚し、生活しています。
 「首都カブールでは、『パシュトーンもタジクもない、みんな兄弟だ』と多くの人が言います。街の女性も、『民族が大事ではない、平和をもたらしてくれる人が大切だ』と言っていました」と長倉さんは語ります。同じ民族であっても無差別に攻撃される、そんな経験をしてきた人々にとっては、それが実感なのです。

タリバンという勢力
 「市場に爆撃があって、少年が頭から血を流して倒れているのを見て、直接取材したことはないけれど、タリバンを憎いと思いました」と長倉さんは率直に語ります。
 自国のことだけを考えてアフガンを利用した周辺国。その支援を受け入れたタリバンという勢力。「旱魃に苦しむ人々を放置し、援助に来るNGOを追い出した彼らは、この国を愛していなかったのでは」と語る長倉さんの言葉には、現場を長年見つめてきた人だけの強い思いがこめられていました。

アフガニスタンと日本
聞き入る参加者 「僕はアフガンの人がとても好きです。彼らは純朴で信仰深く、イスラム的な『互いを助け合う』気持ちがとても強い。それに誇り高い」と長倉さんは言います。そして、「彼らは日本に親密感を持っているのです」とも。
 1960年代、日本はアフガニスタンに対し、周辺国のような思惑なしにこつこつと援助していました。また、敗戦から立ち直って復興を果たしていることにも、憧れの気持ちがあるのだそうです。
 「今後日本がいい形で援助していければ、友だちのような国になれるのでは、という希望を持っています」

ファインダーを通して
 1時間のお話の後に、長倉さんがこれまでに撮影してきた写真のスライド上映が行われました。
 「荒涼とした大地」と表現されがちなアフガニスタン。しかし、「そこに人が暮らす限り、必ず美しい緑はあり、人々は花や詩を愛しています」。
 タリバンにブドウ畑をだめにされても「これは神様が与えた道」と言って、枝を車に積んで故郷に帰る人。破壊された建物を自分で修理して、住めるようにした女性たち。工場での仕事の後、手元のアイスクリームが溶けるのも気づかずテレビに見入る少年……。長倉さんの写真には、表面的な事象だけを追いがちな一般の報道とは違った、「そこにいる人々」の目線がありました。
 そして、丘に寝転んで読書するマスード。花を愛で、書物を好み、信仰深く「死ぬのは怖くない。それは神のご意志だ」と語ったというこの司令官について語るとき、長倉さんの声には熱がこもります。同い年でもあり、共に生活したマスードへの思いは特別なものがあるようでした。

大きなジハード
 最後に語った長倉さんの話が印象的でした。
 「ジハード(聖戦)という言葉には二つあるんです。『大きなジハード』は、自分の弱い心・愚かな心と戦うこと。『小さなジハード』が侵略してきた敵に戦うこと。大きなジハードのほうが数十倍も数百倍も価値が高いと言われています。あのテロリスト実行犯たちはこの『大きなジハード』をしてなかったと思うんです。
 毛玉のように世界の問題は絡み合っています。だからまず、自分の足元を見直し、変えていくことをすべきだと思います」

 マスードとともに暮らし、ともすれば「マスード寄り」とされて報道の世界で敬遠されることもあったという長倉さんは、一般メディアの一面性を批判しています。私たちも同様に、常に複数の視点、特に仏教者としての視点も持って問題を考えていかなくてはならないと思いました。(内)

(ぴっぱら2003年2月号掲載)